(未明のひとり綴り)
正直、揺れている。いざ、この選択で、自分のこの先、人生観さえ変わってしまうのかと思うと。
でも、今がタイミング、自分と向き合う「時」に来てるのかもしれないとも思う。
自分のブログなので自分の正直な気持ち。
知る人は知っている、わたしは小さい頃からこどもが好きで、弟か妹をお世話したいなとずっと思っていた。そう意識しだした頃に、兄の病気が発症し、母は毎日病院へ付添の日々が始まった。無論、母は高齢でわたしを生んだので、きょうだいは計画されておらず、ましてやこの状況下、このかすかな期待はなくなった(最初からなかったby両親)。
それでも、血の繋がりなど関係なく、わたしはよく年下の子に慕われていたので、預けられたりした先で一緒に遊んだりするのが大好きで、楽しかった。
小さいときからの夢は、こどもに関わる仕事一択だった。
元気な頃の作文・・・というか「将来こうなっている」年表のようなものを書いたのを覚えている。たしか、30歳くらいで双子
を生む!だったかな?(笑)
元気をなくしてしまってからは、それとは無縁の日々になってしまったけど、夢をもてたことは幸せなことで。
今でも、公園に行けるときがあれば小さい子を探して一緒に遊びたい気持ちになるし、乳幼児の無邪気に泣いたり笑ったり踊ったり暴れたりしてる動画を見ては、成長過程をこっそり見守りたいし、とても心が癒やされる。
母がわたしにしてくれたように、いつも同じ目線で寄り添っていたいな、と思う。これはこの先もそうでありたい。
今日も、母はわたしのことに真摯に向き合って、そして精一杯の優しさを見せてくれたと思う。
いつか、わたしも母のように子を育てたい、これまで病気が何だ、体調が何だ、と思わなかったといえば嘘だ。
しかし、現実、悲劇でもなんでもない現実。ただそこに在って過ぎていく、事実と現実。
全然、達観なんてできない。後悔のない選択はない、どちらを選んでも間違いじゃないけど、どちらを選んでも大変で、どちらもいいところはある。
正解がわからない、それは数年後にわかるかもしれないし、10年後、あるいは死に際かもしれない。とにかく今はわからない。
でも「諦めた」とは思いたくない。
これは自分のための前進だと。いま、自分が選んだ最善で、自分のために生きることだと。そう思いたい。
一つだけ、わたしのエゴとして選ばなかったことで、孫の顔をきょうだい二人して見せてあげられないことを「ごめんね」と母に言った。
話をする前には、「あなたが望むなら養子の選択もある」とまで言ってくれた。だけどねお母さん、養子や里子は厳しい審査があるんよ・・・結婚もしてないわけだし、まずパートナーからなのだよ・・・
子どもがほしいのは、ほしい。でもほしいのと、育てるのは、違う気がする。人の一生に責任を持てるか、まだ何も生まれてないのに未来をごちゃごちゃと考えてしまう。
育てたいという気持ちもある。だけど、この体、この性分(←分かる人には分かる)
無理しすぎてパンクしないか。わたしは寂しい思いを経験しているので、寂しい思いをさせたくはない、絶対に。(これが一番かもしれない、自分の中で)
決したお涙頂戴という話をしたいのではなくて、単なる自分の胸の内のグルグルとした話。幸せとか不幸せとかじゃなく、誰と比較するでもない、誰かに当てるでもない、ただただ自分との対話です。