ちょっと、この前は、追い込まれすぎて
爆発してしまいました。
心配かけて申し訳ない気持ちもあったけれど
そうしなければ気づけないこともあって
ああ、このしばらくの間、わたしは誰にも吐き出せずにいたんだと。
一人こっそり泣くことはあっても
それを家族や信頼置ける人にぶつけることから避けていたなあと。
わたしはほんとに偏った、特殊とも言える家庭環境もあり、ろくに一人の人間として生きる時間を使うことが
なかったもので、ものごとをひどくダイレクトに受け入れすぎる(コレはもう癖になってて、、)世界を見る目が狭いと言うか、未熟だなあと思うこともいっぱいで。
その輪の中に、沼の中にハマると、落とし所を見失って、ズンズン自分出られないようにしているのかもしれないな、と。
爆発して、当たり散らして、本音をぶつけて、泣いて
メチャクチャになるのを、気にしすぎてた。
でも、いろいろあれど、わたしのことを理解してくれる人はかならずいるんだと。
そしてそれは”ぶつけなければ”、吐き出さなければ、誰が受け止めてくれるのかさえたどり着けないことだと。
案外、外に出せば、外を見れば、なんとかなっていく。
ひとりじゃないこと。
勇気を出すこと。
もっと思ったことを口に出すこと、相手優位に考えすぎて引っ込めない。嫌われるくらいでいい。愚痴ももっと言っていいのかもしれない。加減は大事だけどね。
体の状況は何も変わらずとも、開き直れると思います。立ち直ると言うより、開き直る。
人間て弱いけど、強いよね。
でも今は、どっちでもいい。
愛される人になるために(今も愛してくれてる人、ありがとう)、ぼちぼち、いきます。
見失ってたけど、発見できてよかった。
(まだまだ休養とは長い付き合いになるけど)
爆発して、冷静になったときに
自分よりいい状況の人を羨むことより
キツい状況の中でも笑い話やうれしいことを載せてる人に
気持ちがほころぶことができたこと、嬉しい。
良くも悪くてもありのままの気持ちを吐き出せる人がいること
恐れずに爆発してみること
生きていく上で重要だと勉強になった。
ひとりじゃないよね。
もっと欲張りにならないとね。
皆さん、ありがとう。