その日私は自転車で駅へ向かい、片側2車線の大きな街道で信号待ちをしていた。そこへいきなりドスンとカバンの落とし物。バイクから落ちたのか道のど真ん中に。後続の車が見事にそれをよけていく。そのうちに信号が変わり、私は渡りながらそのかばんを拾い、歩道に植えられている木の根元に置いた……が、(大金が入っているかも)と思ってしまった。もしかしたら、私はアノ「大貫さん」のようになれるかも……(大貫さんは1980年、銀座で1億円を拾った方です)。私はその大きくて茶色くて重くて四隅の色がちょこっと剥げているカバンを駅の交番に届けることにした。
交番には私好みの若いおまわりさんと渋いおまわりさんの二人がいらした。あの制服と制帽を身につけているとミョウにかっこよく見える。そこで私は若いおまわりさんに促され、書類に住所と名前を書く。
「では一緒に中を確認しましょう」
高鳴る胸を抑えて中をのぞく。が、中身は本、本、本……。どうりで重たいはず。六法全書やら、問題集やら、司法試験を目指している方のものなのだろう。渋いおまわりさんが私の心を見透かしたように笑いながら
「beachanさ~ん、いいものは入っていないよー。ただこの場合、落とし主が現れないと6か月後には自動的にこれらがbeachanさんのものになっちゃうんですよね~」
沈黙。「それは困ります」とピシャリと断るにはちょっと本がかわいそうだった。
「マ、受け取りを拒否する場合にはここにサインをしてください」
私は、言われるままにサインをして交番を出た。
ちょっといいことをしたあったかい気持ちはあったが、数日間は、(あのままにしておいた方がすぐに落とした方の手に戻ったかもしれない)と反省もした。そしてそのうちにそんな出来事もすっかり忘れてしまった。
どれほど過ぎたことだろう、ある日ポストに表も裏も手書きの手紙があった。なんとそれはあのカバンの落とし主の方からのものだった。そして百貨店の商品券まで入っているではないの!
「一般の人には何の価値もないものですが、私にとってはそのモノ以上の価値をもっていて……云々。あの思いカバンをわざわざ交番に持って行ってくださったことを思うと感謝の気持ちでいっぱいです」
いやあ、一瞬たりとも大貫さんになりたいと思った私は恥ずかしい。大貫さんにはなれなかったけど、十分、小貫さんくらいにはなれたと大満足した。