「甘いものが食べたい」
父の弟は4歳の時に伝染病で命を落とした。父が10歳の昭和13年、夏のことだったと聞いている。これが最後の言葉だったそうだ。
当時甘いものなど、砂糖しかなかった。だからその時母親がスプーンで砂糖を口に運ぶと、弟はカプッとすごい勢いでかぶりついたらしい。その翌朝、彼は旅立った。
父の兄弟は全員水菓子が大好きだったらしい。水菓子とは、私の世代なら果物、今ならフルーツだ。今は豊富にお店に並ぶが、父にとって、兄弟にとって、それらは家の庭で収穫できるものに限られていた。砂糖以外の唯一の甘いものだった。それでも何よりのごちそうだったらしい。
今、甘いものは果物以外にもいろいろある。だが、父はケーキも大福もそんなに好まない。私は父がケーキを食べている姿を見たことがない。とにかく果物なのだ。
私が中学生の頃、頂き物のメロンを母が大事そうにカットした。等分に切っていくと、8切れになる。家族5人だから、子どもが2切れずつ、親が1切れが平和でしょ?
ところがここで父は
「じゃんけんしよう」
と言うのだ。子ども+父の4人でその戦いは始まる。もちろん父がどうしても食べたくて参戦しているわけじゃないってことぐらい私たちは承知だ。その証拠に、父は勝っても負けた子どもに譲るのだから。でもこれがすごく盛り上がって楽しかった。
そのDNAは、私の子ども3人にもしっかりと受け継がれた。彼らが小さかったころ、私はメロンやモモやスイカなどの果汁が多めの果物は、一口大にカットして大皿に盛り付けた。それらはあっという間になくなり、残った果汁でけんかが始まる。
ある時から、長男がお椀を持ち出し、それを3等分するようになった。と言ったって、ごくごくと飲める量にはならない。ほんの少しすする程度だ。真剣な長男の横で、さらに真剣な目でそれを見つめる妹と弟。兄の不正は絶対に見逃してはなるまい。
私が会うことのできなかった叔父はそんな光景をどこかから見ているだろうか?「甘いもの」と言って砂糖を口にして、たった4歳で亡くなった叔父さんも今なら笑って見てくれるだろうか?
「たまには分けて」
と言っているだろうか?