義父が80歳を過ぎた頃から、運転免許について気になっていた。夫や義妹、義弟が柔らかく忠告するも
「俺は今まで一度も事故を起こしたことがない」
そうです、そうです、知っています。でも皆さんそう言って運転し続けて事故を起こすのですよ。
夫が強めに
「返納したほうがいい」
と言うと
「俺は死ぬまで返納しない」
とキレ気味に大声を出す。
大したお出かけもないし、おつかいもほんの少しだし、かかりつけのお医者さんはすべて徒歩圏内。交通手段も整っている。なんなら、夫というドライバーもいる。
確かに、義父は年の割に体力はあり、元気だ。無駄な肉もなく、夫の方が腹が出ている。そしてなにより、乗っている車は商売をしていたこともあって、小型トラックで、オートマ車ではなく、マニュアル車だ。私は自身が免許を持っていないから理解できないが、夫が言うにはギアーを操作しているし、暴走することはない、とのこと。それだって、何が起こるかわからない。
高齢者(75歳以上?)は免許更新の際に「認知機能検査」を求められるようになった。よく耳にする、絵を見て覚え、一旦別のことをして、
「さっき見た絵を答えてください」
っていうアレです。前回の検査で義父はつまづいたようだ。
「初めてだからあせっちゃってあせっちゃって、先生の言っている意味がわからなかった」
と言い訳?じみたことを言った。いやいや、「教官の言っている意味が分からなかった」ってことは、もうアウトだ。再試験という猶予の与えられた結果であったが、夫は陰で
「これで再試験で不合格になればいいんだ」
と言い始めた。
ところがどっこい、義父の強かさ。私たちには頼めないと思ったのか、孫に聞いて、「認知機能テスト」をネットで購入し(もちろん孫が)、毎日勉強したらしい。その結果、合格となった。私は、そんなテストがあること、簡単に手に入ること、ほんの数週間それに取り組んでパスするようなことでいいのか、疑問だ。高齢者の事故がこれだけ問題になっているのだから、再試験なんてなくていいんじゃないの?
あれから数年、先日、義父の免許更新があった。今回は、耳の聞こえが悪いせいもあり、それに備えて数ヶ月前に、補聴器まで購入した。が、
「面倒だ。落としたら怒られる」(誰に?)
と言ってちっともつけない毎日。試験当日だけ付けたって、上手くできないに決まってる。
当日、車で付き添った夫が言うには、何度も名前を呼ばれても気付かなかったと。これじゃ、無理だよと。
案の定、再検査という判定が出た。ここで義父は、前回のように再試験に挑戦するのか、病院に行って診断をしてもらうのか、診断なしで試験も受けず免許の返納をするのか、を迫られた。返納すれば、証明書のようなものがもらえるらしい。逆に再検査で不合格になったり、病院で認知症と診断されれば、免許剥奪、ということらしい。義父はあっけなく返納の道を選んだ。
あんなに頑なに返納を拒否していた義父。耳の聞こえや、自分の衰えを自覚したのか?死ぬまで免許を返納しないと言っても、運転を続けるという意味ではなかったかもしれない。
「俺は学校の成績、良くなかったもんなぁ。勉強苦手だった。それに比べて戦争で亡くなった兄ちゃんは、男前でなんでもよくできたなぁ」
が口癖の義父。運転免許は唯一のステイタス、事故も起こさず何十年もやってきた自分の証、そんな風に思ってきたのではあるまいか。
私たちは大きな問題が解決したようで、ホッとした。一方で、義父の姿がひとまわり小さくなったように見えた。ずっと望んでいたことが叶ったのに、なんだか切なかった。