小さい頃から本が好きだった。とはいえ昭和半ばに近くに図書館はなかったし、忙しい両親は遠くまで連れて行ってくれることもなかった。お年玉として絵本を買ってくれたり、近所のおばさんが移動図書館に連れて行ってくれたり、とそんな程度だった。親戚の伯母さんがプレゼントしてくれたこともあった。
小学生になり、お友だちが『シャーロックホームズ』全巻?を持っていたので、借りたりして、はまってしまった。商売を営んでいた我が家なので、私はよく店番を頼まれた。そんなとき、本は最高のお友だちになった。
小学校高学年になり、マーガレットやりぼんやなかよしなんていう少女雑誌も友だちと回し読みした。漫画も面白かった。でも目のキラキラした少女漫画よりも『おそ松くん』『もーれつア太郎』とか、楳図かずおさんのホラー、『アタックNO.1』『巨人の星』『あしたのジョー』『 エースを狙え』などのスポーツものを好んでいた。母が『サザエさん』が好きで、近所の古本屋で時々買っていたので、それは結構な冊数集まった。社会情勢なども折り込まれ、小さい私は、その4コマで内容がつかめないことも多かった。
中学生になりたての頃、誰に聞いたか、「世界の5大推理小説」ってのがあって、それに興味をもち、読んでみたら、
「これが夢中になるってことなんだ」
と感動した。何をしていても読みかけの本が気になっていた。一気読みするほどの時間はなかなか取れなかったが。
さて、どうしても4冊しか思い出せない。
『樽』『点と線』『オリエント急行殺人事件』『Yの悲劇』
あと1冊なんだったっけ?
SFやファンタジーを読んだのもこのころだった。星新一さんや森村桂さんなど、作者を追っかけるようになった。
高校生以降は、部活動やお遊びに忙しく、テストがあるから勉強もしなければならなかった。強制的に宿題や課題図書として純文学を読まされたけれど、内容は忘れた。心惹かれることもなかった。感動する作品に出会っていないだけかもしれない。『罪と罰』なんて、何度トライしたことだろう?数ページ読んではあきらめる。忘れたころ手に取る、を繰り返した。それほど私にとっては難解だった。
そこから20年以上が経って、再び本を手に取るようになった。
その中でも、忘れられないのが
☆『臓器農場』帚木蓬生
☆『雲の階段』渡辺淳一
50歳くらいから、目も見えにくくなって、結局好きな作家、読みやすい作品に落ち着いてしまった。ミステリーが多い。それが、著者の経歴を見ると、「新聞記者」と「医者」の方々ばかり。知っていて手に取るのではなく、あとから気付くのだ。これは、単なる偶然でもなさそう。
医療現場のお話が好きなのは自分自身納得している。あ、私は医者でも看護師でも薬剤師でもありませんが。記者さんってところは、文体とか、言葉選びなのかな。私はきっと色々な装飾や形容が美しい文章より、テンポよく伝えたいことだけがポンポンと進んでいくお話がお気に入りなのかも。
図書館も利用するけれど、返却期限までに読み終えることができず、面倒になって古本屋さんに足を運ぶことも多い。最近は古本も高くなった。
そうして、このブログで5回にわたって小説家気分を味わってみた。作文の域から出ることはできなかったけど。
「楽しみ。次が気になる」
などとコメントしてくださった方がいらして、うれしかった。
先日、高校のクラスの集まりがあった。その時、なんとなく本の話になった。1人の男性が言った。
「小説1つなら、誰でも書ける。それを何作品も書いてこそ初めて小説家になれる」
って。
今後はまた、以前のように日常と思い出話を綴っていきますので皆さまよろしくお願いいたします。
