昨年末にテレビで2025年の運勢をやっていた。それは干支と生まれ月を組み合わせたもの、つまり144通りを順位で表したものだった。夫と何気なく見ていたら、夫は結構低い位置で、私はといえば、なんと最下位だった。

 

 そもそも単なる順位だし、こういうものを信じる私ではないが、144通りの最下位って聞けば、やっぱり良い気はしない。だって、平均寿命を90歳だとしたら、確率として最下位にならずに一生を終える人もいるわけで‥‥‥。

 

 「だったら亥年の4月生まれ全員が来年運が悪いことになっちゃうよ。そんなことはありえないよね」

「そうだ、そりゃそうだ。俺だって喜べる順位じゃないけど」

「来年、特に前向きに元気に頑張りましょう」

夫とそんな会話をした。

 

 そして、年が明けた。今年は義父が

「お正月に集まらない」

と言っていたので、私はいつもよりのんびり過ごせると喜んでいた。子どもや孫が我が家で集まったが、楽しく過ごせた。

 

 だが、元旦に実家の母に代わって、年始のご挨拶に2件の親せきを訪れ、そこで聞かされた。大みそかの従兄弟の訃報。小さい頃遊んでもらった思い出がよみがえる。70半ばは、まだ若いよ。ショックは大きかった。

 

 2日の夜、さらに叔父が亡くなったと従姉妹から連絡が。91歳で大往生とは思うが、涙が出てくる。家族ならばなおさらのことだろう。いくつであっても別れは辛い。

 

 私は父が亡くなって、一粒の涙もこぼしていない、不思議な人間だ。それが、親戚や友人知人となると、なぜか泣けてくる。なんだろうなぁ?父とは長い時間を過ごし、たくさんおしゃべりもして、たくさん笑って、満足なのだ。いつかは終わりがやってくる。別れなければならない時がやってくる。その時が来ただけ、そう思える。

 

 が、その他の方との思い出は楽しいことや、心に残ったものだけが、ポツンポツンと単独でやってくる。そして、もちろん別れが突然だ。流れがないのが私の中でなにか穴が開いているようで、悲しい。寂しい。

 

 3日連続で喪服を着ることなんて、そうそうない。

 

 昨日、葬儀の帰りに、従兄弟の兄さんが車で送ってくれた。

「beachan、どうやって来たの?」

「バスと電車を乗り継いで来ました」

「じゃ、送っていくよ。どこがいいかな?」

遠慮もあって、自宅とは言えず、幸いに実家が同じ方向だったので、実家の近くまで送ってもらった。葬儀の様子を母に伝えようと思った。仕事も半休をもらっていたし。ところが‥‥‥。

 

 実家は雨戸が閉まり、玄関も勝手口も内側から二重ロックがかかっていて、外から入ることができない。こんなに晴れた日に母が雨戸を締めきっているのは考えられない。

 

 電話も通じない。ま、これは耳の遠い母にとっていつものことだが。外出に必須のシルバーカーが玄関外に置かれたまま。これはただ事ではない。母は家の中にいるはずだ。

 

 119に電話を入れた。何回も鳴るコール。この時期は寒さもあるし、お餅の事故も多いし、混んでいるんだろうなぁ。早く、早く……。20回ほどでやっと繋がった。事情を説明する。

 

 消防と救急が到着し、ロックを外し、中を確認してもらった。最初、母は見つからず、消防隊の方に

「娘さ~ん、中の確認を一緒にお願いします。いつもおかあさまがいらっしゃるところは‥‥‥」

そんなに大きなお屋敷でもあるまいしと、急いで上がり込んだとたん、救急隊員の

「発見!」

「意識あり!」

 

 私はその声が今でも耳から離れない。テレビでしか見たことの無い光景だ。消防や救急、あとから警察官も来てざっと10人以上。みんなあの、鑑識さんが靴の上に付けるブルーのカバーを履いている。母は、ベッドと壁の隙間に落ち、身動きが取れなくなっていた。発見まで9時間余りが経過していたようだ。


 隊員さんの呼びかけにも名前、生年月日、本日の日付、多少ろれつが回っていない感じは受けたが、しっかりと答えていた。ホッとした。

 

 その日、叔父の葬儀がなく、日常であれば私は仕事があるから実家を訪れることはない。行かれるのは、土日祝日のみだもの。耳の遠い母は、自分の急な用事がある時だけ補聴器を付け、電話をしてくる。お客さんや友人がみえた時だけ、私が行った時だけ、慌てて補聴器をつける。だから、私は電話をすることもない。3分間コールし続けても出てはくれない。

「おかあちゃん、せっかく作った補聴器、もっと活用しようよ」

と言っても

「なんかガーガーうるさい」

と、いつまでたってもそのままだ。だから私は、伝えたいことがある時は実家に行くしかない。

 

 もし、土曜日まで母がそのままだったら、母は亡くなっていただろう。90歳の人間が一切身動きがとれず、飲まず食わずで3日間になる。


 今回の偶然が奇跡としか思えない。いや、叔父が助けてくれたんじゃないか。

「義姉さん、まだ、私の後をついてきちゃだめだよ」

そう言ってくれたのかもしれない。叔父さんありがとう。

 

 30分以上経って、やっと病院が決まり、運ばれた。救急車内で改めて母を見る。圧迫による腫れと痛みがあるようだ。左頬は、大きくすりむけ、目は腫れて開いていなかった。痛々しい。


 そして、検査の結果、まさかのコロナ。熱も咳も一切ないが。10日間は面会もできないらしい。その他、脱水と肋骨骨折で、それほど大きな症状は無いとのこと。90という高齢のため、気になるところではあるが、元気に戻ってほしい。しばらく携帯を常に身に着けていなければ。

 

 2025年の幕開け、怒涛の10日間。あの運勢は全くナンセンスでもないようだ。これで治まってほしい。