母の思いを確認することと並行して、海外在住の弟にもラインで考えを求めていた。『延命治療』についてどう思うかと。
「母の意志が第一とは思います。意識がない、意識が戻る可能性がないのであれば、私も望みません。が、危篤になってから少なくとも私が帰国して会えるように頑張って治療してほしい」
そう、弟が返信してきた。
「頑張って治療するってどういう治療?」
「危篤って、どういう状態のことをいうのだろう?」
心臓マッサージだって時間に限度があると思う。一旦、管をつけることになったら、抜管行為は倫理的にダメなのではないか?
私が、もし母の容体が急変したという連絡をもらって病院にすぐに駆け付けたとしても間に合わなかったという可能性だって大いにある。自転車をとばして、たった30分の距離でさえも。それをフライト時間だけで半日以上かかる遠い場所に住む弟ならば、なおさらだ。
ラインでのやり取りでは埒が明かない。結局弟と電話で話した。弟は
「父の最期も看取ることができず、これで又母も、となったらさぁ‥‥‥」
と言った。「‥‥‥」は言葉にしていなかった。
「両親に申し訳ない」
「一生悔やまれる」
「後ろめたい」
「悲しみが大きくて辛い」
そういうことなのか?だったら、一時帰国して母に顔を見せておくれよ。きっととびっきりの笑顔のあとに、涙を流すよ。母は一人息子である弟のことが、かわいくてたまらないのだから。
結局、
「延命治療は望んでいませんが、何かあったら(急変等)すぐに連絡が欲しい、長男が海外在住ということも汲んでいただければ」
ということを病院側に伝えるということで話はまとまった。
私は祖父が亡くなった時のことをよく覚えている。私はその時中学1年生だった。入院中の祖父の危篤の連絡が入り、両親が病院に出かけて行った。
「子どもは待っていなさい」
夜、危篤、そんな状況に、弟、7歳の妹と3人だけで留守番をするのが怖かった。
「おじいちゃん、死んじゃったよ」
と言って両親は間もなく戻った。父はその後に
「自分たちが病室に入った時、既にオヤジは亡くなっていたよ。見ればすぐわかる。『皆さんお揃いですか?』なんて看護婦が言って、医者が部屋に入ってきたかと思ったら、大げさに聴診器充てたり目を開いてみたりして、『御臨終です』だと。酸素マスクなんて付けていたけれど、もう、死んでいたよ。医者は皆が集まるのを待っていた感じだった」
と言った。
「最期の看取りってそんなに重要なことなのか。医者がわざわざ演技をするなんて」
私にとって、最期はそれほど重要ではない。意識があるならば、大事な時間として一緒にいたい。でも何よりも
「あの時、ずいぶん笑ったね」
「一緒にご飯食べに行ったね」
「たくさん トランプやったね」
「おかあちゃん、涙もろかったよね」
「孫やひ孫の成長に目を細めていたね」
「小さいころは、ずいぶん怒られたよ。厳しかったよね」
それがたくさんあれば、私は十分だ。最近は、母の望むとおりに動くこと。それこそが私にとって大事なことだ。
弟は最期に会うだけで、気持ちが収まるのだろうか?それが何だというのか?私は弟に怒りがあるわけではない。考えは人それぞれ。できるなら、母の気持ちに寄り添ってほしいという思いはあるが。
海外で遊んでいるわけではない。仕事での在米中だ。ここ数年は年に1度だけ母に会う。若い時だって15年近くもN.Yだった。両親がそんな息子を誇りに思っていたことも事実だ。
「自分は親不孝だ」
と言うなら、自分の思う親孝行をすればいい。元気で仕事に没頭することを親孝行と思うなら、それでいい。
「姉と妹に任せきりで申し訳ない」
と言うなら、何か1つでも担ってくれればいい。
私は弟には自分で後悔のないように歩んでほしいだけ。身体は誰だって1つしかない。