僕が小さい頃、家の正月は、どこに行くでもなく、毎年何となくテレビがついていた。あぁ、テレビがあったんだ。それだけは、幸せだったなぁ。友だちはおじいちゃんおばあちゃんの家に行くとか、豪勢な家は海外旅行するとか、華やかな冬休みだ。小さい頃はいなかに行った。けど僕が小学生になった頃から、かあちゃんがタカシだけを連れて実家に帰っていた。それも数年でなくなった。キヨシなんて生まれてからじいちゃんばあちゃんに会ったこともない。
僕は箱根駅伝が好きだった。友だちは
「ただ走っているだけの人を見て、どこが面白いの?」
と聞いてきたけれど、面白いものは面白いんだから説明のしようがない。
小学生の頃は、
「走り方がかろやかだな」
とか
「顔がかっこいいな」
とか
「あんなユニフォームが着てみたいな」
なんて見ていたけれど、自分が長距離をやり始めてからはその奥深さに心を揺さぶられた。
1本のタスキを10人が繋ぐ。10人だけが走れる。箱根ではテレビに映る。けど、その後ろにはその何倍もの部員がいて、歯車の1つになっている。エントリーしていたのに体調不良で急遽外された選手はどんな思いでいるだろうか?時には脱水症状でふらふらになりながら、なんとか次の選手にタスキを渡そうとする場面も見た。時間制限で、母校のタスキが繋がらない場面も見てきた。
走っている選手の家族は誇らしいだろうか?ハラハラして見ていられないだろうか?沿道に駆けつけて大声で我が子の名前を叫んでいるかもしれない。選手の周りに数えきれない人の支えがある。
野球やサッカーやバスケ、バレーなど多くの競技はその勝負の行方に片時も目が離せない。しかし、駅伝は、その走っている姿を見ながら、色々な思いへと想像は広がる。
「この人は今までどんな競技人生を送ってきたのか?」
僕は小学生の頃から走ることに興味があったのかもしれない。
高校時代には
「いつか僕もこんな風に走ってみたい」
「タスキを繋ぎたい」
と思うようになった。夢はでっかい方が良いに決まっている。大学なんて、考えたこともないが、僕は、箱根駅伝によって陸上生活にますます力を入れることができた。
続く