そのお話は私が中学1年生の国語の教科書に載っていた。内容は、あの楕円形をした生たまごがすべすべのテーブルの上で立つというお話。「立春の日に立ちやすい」とか「ゆでたまごの方が立ちやすい」などと書かれていた。あくまでも私の記憶での話ですけど。が、それらはただの推測で、実際はたまごの殻の表面がざらざらしていて、その小さなブツブツの3点をうまく探し当てれば、均衡が取れて立つ、といったようなお話だった。
私が小学校に入学した時の担任の先生は、テストをたくさんやる先生で、その結果で成績をつけていた。学期の終わりにはわら半紙に名前こそないものの(本人には知らされます)、各教科の個人の平均点が表になったものが印刷され、通知表と共に渡される。小学校1年生で、ですよ。
両親は私が初めての子どもでもあり、漢字や計算など、独自に問題を作って勉強を強いた。おかげで、低学年の頃はまあまあの成績を収めることができた。
が、3年生くらいになると、友だちと外で遊ぶことが楽しくなり、担任もテストにこだわらない先生になったら、両親も力を注がなくなった。教えられなくなった?高学年になった時、社会科や理科で、表や絵やグラフを見て答える問題が出された。よくよく観察すれば正解が簡単に導き出されるはずのものを私は解くことができなかった。
決められた計算や漢字は得意だったが、勉強ってそういうものじゃないってことを知った。不思議に思うことを解決しようとする力、興味をもったことに自ら取り組んでみる姿勢、考えること、実際にやってみること、しっかりと観察すること、そういうことがいかに大切か。(と、これは大人になって思ったことだけれど)
ただ、なんとなく、私は小学生で既に、両親がテストの点だけを取るためにやってくれた教えは勉強じゃないことに気づいていた。だからと言って、自分なりに何か努力をすることもなかったので、成績は学年が上がるに従って右肩下がりとなった。
中学1年生の時に、別の小学校からきた信子ちゃんと仲良くなった。ある時彼女が
「beachan、うちにお泊りに来てよ」
と誘ってくれた。そして一緒に勉強しようというのだ。私は勉強は1人でするもの、個人でするもの、と思っていたけれど、何か楽しそうで、母に伝えるとあっさりとOKが出た。パンツとパジャマと国語の教科書、筆記用具をスポーツバッグに詰め込んだ。
その日の夜、ちょうどその「たまごが立つ話」を2人で音読していたら、 そばで聞いていた彼女のお父さんが
「実証してみよう」
と言い出した。そして、実際に生たまごを持ち出し、3人で悪戦苦闘すること数十分。誰が最初か忘れたが、見事に立てることができた。しまいには全員立たせることができた。
なんだか、すごく楽しかった。息をひそめて、言葉も発することなく、集中した。
「本当なのかな?」
と思った文章に書いてあることをやってみたら実際にできた。面白い勉強をした気がした。今でも時々、思い出す。
信子ちゃん、元気かな?中学を卒業してしばらくしたころ、彼女のお父さんは東大出身だって別の友人に聞いた。私、この2文字に弱いかも。
