細胞は、愛。


私たちは、愛に包まれていた。


いつも、いつも愛に包まれていた。


私という、未熟な意識、エネルギー体をこの細胞が


保護していた。


それは、愛。


ああ、何てこと!


こんなにも目の前?にあったんだよ。


ただ、気がつけばいいだけなんだ。


私たちは、何て幸せなんだろう。


天と地が交わり、生まれたのが細胞という


名の愛なんだよ。


だから、私たちは天地の子なんだよ。


こんなにも包まれて。。


こんなにも守られて。。


ただ、ただ、感謝!


なぜなの?


なぜこんなにも愛してくれるの?


あなたは、私たちが愛して生まれた子だから。


あなたたち、人類は私たちの子なのだよ。


だから、あなたたちは、王子であり、王女であるのだ。


だから、あなたたちに、王冠を授ける。


王として、あなたたちは、父の宇宙に戻っていくのだ。


そして、あなたたちは、永遠(とわ)に平安を生きるのだよ。


真(まこと)の人となっていくのだ。


あなたたちには、久遠(とわ)より、光(愛)が届いているのだ。


その証拠が、細胞といういのちなのだよ。


あなたたちは、そのままで既に幸せだったことにこれから


気づいていくのだ。


いつも、愛に包まれていた。。


いつも、愛に守られていた。。





4月8日、花祭りの日の朝、お釈迦様の慈愛に包まれ、


観音の思いを受け、細胞という久遠からの愛に気づかせて頂きました。


奇しくも、世の中では、STAP細胞にスポットライトが当たっているのも


不思議なことですね。。







細胞。人間の細胞。この不思議なもの。


何と言えばいいのだろう。。


何と言えば。。


ああ、ただ、細胞があることに気づきました。。


一つの細胞が。。集まって。60兆個の細胞が。


人間の体には、何と60兆個の細胞があるという。


そう、細胞は私ではないけれど、とても、とても尊いもの。


だから、私は、この細胞に手を合わせます。


ただ、ただ、感謝したい。今まで本当にありがとう。


そして、今からありがとう。


神なるもの。ただ、神なるもの。


人間って不思議だね。うん、本当に、本当に。


細胞、一つ一つに意識があります。


こんな目の前にあった何てね。


灯台下暗しとは、まさにね。


気づけばただ感謝のみ。


そして、この細胞は、母なる地球からの授かりもの。


そう、この細胞に気づいてこそ、霊止(ヒト)になるのです。


霊が止まるのです。ここ、細胞に。


それが、ヒト、つまり「人」なのです。


人間は、母の胎内に霊が止まり、どんどん成長して


この世界に生まれ出ます。


そして、更に子供の細胞がどんどん成長して、大人に


なっていきます。その体という細胞が、魂を成長させていきます。


つまり、私たちは、母なる細胞に育まれてきたのです。


だから、私たちは、本当は、母なる細胞の子なのです。


私という自我を見守り、育んできたとうこと。


だから、体という細胞に手を合わせたくなるのです。


体があるから、この世界で自由に体験できるのです。


ただ、ありがたいね。


私たちの体は本当にこの細胞でできているのですよ。


そう、体をまとっているという感覚がある人には、わかって


くるはずです。


この人間でいる限り60兆個の細胞をまとっているのです。


そして、その細胞の一つ一つが宇宙なのです。


プレアデスの情報からは、人間の体内の分子間の距離は、


銀河と別の銀河の距離ほど隔たっているという。


当たり前だと思っている限り、わからないのです。


在ることに気がつかないのです。


つまり、細胞という宝物を身につけていることに。


既に宝くじに当たっていることに。


当たり前だと、当たる前なのですから。当たってないと


思い込んでいる。


在るのに無い。光が在るのにその光が見えない。


光が無ければ闇の中。。


このすごい体にただ、ただ、気づき感謝すること。


それが、新聖地球への道です。。




いただきます。。


って、肉や魚はもちろんのこと、野菜や果物にも命があると考え、「○○の命を私の命に


させていただきます」ということだそうですね。


たとえば、「にんじんさんの命を私の命にさせていただきます」と、


感謝をこめるということですね。


日本人の文化、慣習は素晴らしいものだと思います。


私は、たまに食べるという行為にうるうるしてくることがあります。


人間なら、食欲というように、食べる欲求は本能で当たり前だと思いますが、


この当たり前が当たり前ではなくなる感覚がするのです。


自分の感覚なので伝えるのが難しいのですが。


他の命を食べて、自分の肉体(命)が維持されて生きていくということは


とても贅沢な行為に思えてならないのです。


それだけ、人間という生命体は恵まれているのです。


もちろん、動物たちも他の生き物を食べますが、それは、自分の体を維持


する最低限のことしか許されていないということです。


人間は、食べるという行為が喜びになるのです。これは、とてもすごいことなの


ではないかと思うのです。


そのことに気づくと自然と感謝の念が湧いてくるものです。


それが、本来の「いただきます」の習慣をもった日本人の精神文化です。


命に感謝し、おいしく、楽しく、喜んで食べられること。


和・輪・環をもつ食文化。それが、本当の和食。


作る側、食べる側が感謝し、喜び合う。それは、お互いが鏡です。


他の命をいただくこと。精神の食事です。神々と共にある食事。


だから、とてももったいない贅沢なことなのです。。


それが、本来の霊止(ヒト)の基本的なあるべき姿勢だと思います。


食べるという当たり前の行為。。ただ、ただ、有難いことです。




30年以上前、20歳位の時に、ある不思議な体験をしました。


大きな?気づきを得たのですが、その時、初めて「生きている」


喜びを感じました。それは、爆発的なものでした♪


生命がほとばしりでるというような。。


それを境に何年も至福の中で過ごせるようになりました。


自然は友だちでした。空も雲も花も大地も山も川も木も草も


虫たちや鳥たちや。。


みんな、みんな、友だちでした。


そして、感じました。それは、なあんだ、そうだったのかってこと。


「宇宙は生きている」ってことです。


つまり、全てが生きているということです。


生きていないものは何もない。。


だって、この宇宙自体が生きているから。


それを感じたとたん。


ほとばしる歓喜に溢れました。


だから、有機体だけでなく、無機質のものも生きていると


気がつきました。そして、言葉、文字も。。


そこから、言霊というものがとても身近に感じられるように


なりました。


その当時のことは、懐かしい思い出ですが、私の中にずっと


残っています。


これから、世の中は、そっちの方向に加速して流れていくの


しょうけど。今は過渡期。まだまだぶつかりながら、壊れながら、


本体は凹凸を削りながら、丸くなってこの銀河の中心から流れて


来ているエネルギーという川を中心に向かって流れていくのでしょうか。


私の会社でも、ついに勃発です。もう、今年は、建前ではいけなくて、


本音が出てしまうので。


しばらく、混沌としてしまうのだろうけど、徐々に落ち着いて、丸く環を


輪を和を創っていくのでしょうね。


まだまだ辛抱か。。


大変だけど、勇気をもって進むしかないんだね。


よし、がんばろうよ、ね。



20代で作った詩を載せます。


『生命の詩をうたおうよ     


みんなで生命の詩をうたおうよ


私たち人間は生きている


空も動物も森も生きている


生命の詩をうたおうよ


みんなで、生きていることを


喜びあおうよ


花の詩


草の詩


虫の詩


鳥の詩


みんな生きていることを喜びあおうよ


地球という星の上で生きていることを


みんなで喜びあおう            』



東北。。大好きな東北。。


いつだったか、宮沢賢治の故郷に行った時に


作った詩。東北新幹線車中から。。


『東北は宇宙の入口


森と緑がつくり出す


不思議な世界


人には緑という自然環境が必要だと


痛切に思う


ここに入る時には心身を清めなさい


心の中で空がささやく


雲の群がゆっくり空を渡ってく


東北は心の宇宙


自然は人間の先生だ


列車は猛スピードで走っていく


ここでは、心の窓を開けなければいけない


緑の生命の輝き


心は透明な空に溶けてゆく


そう、空を抜けると無限に広がる


宇宙が待っている


そう、地球は今でも宇宙の中で回っている


宇宙の中に浮いている地球


緑は魂の故郷


8月の自然は母のやさしさ


森に入れば全てがわかる


生命は、大切なものといい続けている


空も雲も、緑も森も花も


イーハトーブの宇宙で


賢治は空になって、雲になって、


森になって、緑の草になって


生命は尊いものだといい続けている  』



大切な東北の全てに。。合掌。






マスターのジャーメインは、時間を縮めたり、伸ばしたりすることが


できると言っています。


実際に私たちは、時間に縛られて生きています。


時間を気にし、時間に追われ、時間と闘い、時間から離れることが


できません。


時間とは、過去から未来へと直線で流れていくものだと一般に思って


いますが、実は、時間とは、ループ状になっているようです。


だから、時間を縮めたり、伸ばしたりできるようです。


だから、今までの時間の概念を変えてみると、世の中の常識から


離れてみると意識が変わってくるかもしれません。


意識が変わると、今までの時間の既成概念から解き放たれ、


自由になれるのです。


意識は、時間・空間を超えています。


私たちが、実は、意識・エネルギーの集合体だということに気づけば


というより、思い出せば、時間・空間を超え、無限の世界へと戻ること


ができるのです。


肉体は、物質世界という有限の制約を受けますが、意識は、その制約を受けません。


意識は、無限の世界に入ることができます。


私たちは、いつも、無限という永遠の中にいるのです。時間とは、この世界だけで


感じることです。意識の世界は、永遠です。


最近は、時間が早く過ぎるということをたくさんの人たちが実感して


います。今までの時間感覚が変わってきてるのです。それは、集合意識


が変わってきてることも大きな要因なのかもしれません。


私自身は、最近特に、時間の感覚が大きく変わってきています。


今までの時間の中で生きている感覚が希薄になっています。


そう感じるのです。


私たちは、有限世界にいて、永遠とい無限世界を生きているのです。


逆に言えば、無限世界の私たちが、有限世界に憧れて、この世界を願って


やってきたということです。


だから、有限の今ここに生きていることは、とても貴重で尊いのです。