みんな
良いおうちに
頑張って
みんな
良いおうちに
頑張って
諸説が沢山あり
伝説が独り歩きか 当時のアームストロング社
後装砲は多重構造の優れものだが 強度不足の欠陥品
弾丸に巻いた鉛の帯ライフル溝に発射のたびに
食い込み次弾暴発の危険多数の内部破裂
結果 自国使用禁止 くしくも南北戦争
南軍に売りつけ終戦後維新戦争の
日本に新兵器として売られ当時は暴発は当たり前の時代
上野戦争 会津戦争で複数門が使用
当時の日本一の技術藩武雄藩が挑戦し
輸入ものベースにバヨネット式等後装砲を試作
多重構造は真似できず試作だけで次世代に
各種文献を纏めると 真相は真実は
古文書等に残る数枚の写真形態
オリジナルと砲耳後部の形態の違い
後部照準器取り付け部の不思議
古写真は口径明示なく6听ではないのではないか
理由は6听9听砲身長はほぼ同じ口径が63.5粍と76.2粍の違い
当然9听は外径が太いはず ただ裏付けの砲尾外径の太い形態の
本国写真が一見つからない
日本に入った砲は3種 12听は砲身長さが大きく違う
ただ 口径は9听と同じ(装薬の違いか)
全体系も12听は大きい 外国と実物ネット検索を
条件を変えながら全て見ても
形態が古文書写真と同じものが無い
皆 砲耳後部のくびれ式 映画八重の桜 監修S氏の
再現レプリカの形態が 本国仕様の形態と一致
砲架は佐賀武雄仕様 これも後部の絞り具合に
少し疑問があり 側板と砲耳軸の取り付けを
考えると 極端な絞りは無かったのではと
この形態も八重の桜レプリカが正しいような気がします
久しぶりの アルム砲 再度 再度検証中
佐賀沿革史内写真より
八重の桜記念館 レプリカ (写真転用)
砲身は本国純正仕様に
照準器取り付けも
アームストロング砲
意外と6ポンド実写真がない
容は似ていますが
みな 9听12听ばかり
一見区別できません
佐賀のと言われる
一枚の写真
唯一ですが
本国後期型と一説に
砲耳後方の姿が違います
では
本国の実写真
同じものは一枚もない
図面も絵もない
裏付けが取れない
単なる佐賀の後装砲の
試作品か?
実戦仕様は全て本国製
しかも不良品とか
武雄藩が試作を何種か
装填孔バヨネット式もその一つ
どれも実戦にでず
強度不足で その後不明ですが
それらが
佐賀のアームストロング砲として
後世に伝えられていたようだ
ようは
複雑すぎて失敗作で
活躍したのは四斤山砲とか