これからの経済社会を考える~「成熟社会の経済学-長期不況をどう克服するか」
ブックレビューです。
経済学のことをわかりやすく説明した良書です。
この国の明日を考える際に大切なことがたくさん書かれていました。
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「成熟社会の経済学-長期不況をどう克服するか」/小野善康著(岩波新書)
昨年末の政権交代以降、円安が進み株価が上昇し、日本経済が活力を取り戻しつつあるような雰囲気が広がっている。しかし、実際の私たちの日々の生活に変化の実感はなく、何も変わっていないのに円相場や株価が動くというのはどうも不自然に思えてしまう。こういうことが起こるということは、いつかまた逆のこと、すなわち、何も変わっていないのに円高になったり株価が下がったりすることもあるということではないだろうか。結局のところ、経済学者や政治学者などの専門家ではない私たちには本当のことはよくわからないというのが正直な感覚だろう。
本書は、バブル崩壊以後20年間続く不況を「成熟社会」と捉え、そのような社会は経済学の視点ではどのように見えるのか、また、成熟社会を乗り越えていくにはどのような経済学的な処方箋が必要なのかを論じている。
著者は、成熟社会においては、80年代までの成長を前提とした社会(成長社会)とは異なる経済学の考え方が必要だという。成熟社会では、人々は生活に必要な物はひととおり手に入れてしまったので、お金を得ても新たなモノやサービスを購入したいという動機がない。むしろ、デフレで物価は下がっていく(=貨幣の価値が上がっていく)ので、今はお金を貯めておいて後で使おうという意識が働き、その結果として、長期に渡る不況が起きている。この状況を打破するためには、とにかく需要を創りだすこと。政策として貨幣をばらまいても人々はお金を貯め込むだけであり、そうではなく、人々が消費したくなるようなモノやサービスを生み出すように促すことが必要なのだと著者は言う。
このことについて、本書では「成熟社会に必要な知恵」として、「ブルーレイや3Dテレビ、ゲーム機やiPad、ネット・サービスのように、消費者に新たな楽しみを与え、購入するために前日から並ぶような物を次から次へと考案し続けること。このような創造力こそが重要です。」(p.26)と説明している。そのような前提のうえで雇用創出政策については「まず、目先の必需品ではなく、たとえ経営的には赤字であっても、ぜいたく品、不要不急品と思われるような分野において雇用を作る必要があります。」(p.96)と述べている。また、成熟社会においては、企業がコスト削減等により生産性を向上させても失業が増えるだけであり、同じ視点から、政策として職業訓練を推し進めることは結局のところ生産性の向上につながり、さらなる失業を増やすだと主張する。結論としては、成熟社会においては、産業政策においても雇用政策においても内需の拡大に結び付くような政策を取るべきだと言う。
これは、恐らく、経済学の視点では適切な処方箋なのだろう。しかし、もしそうだとすると、私は、そのような社会にはどうしても憧れることができない。資本主義経済の物差しでみれば生活必需品でない不要不急の新しいモノやサービスを次々に生み出していくことが重要なのかもしれないが、それが真の創造性とは思われない。結局のところ、企業でいえば利益向上、社会全体でいえば経済成長という価値基準に縛られた営みではないのか。また、生産性向上や職業訓練の否定についても、ひとりひとりが成長や能力の向上を目指したり、あるいは、それを支えたりすることができない社会というのは不自然ではないのか。少なくとも私にはそのような社会が魅力的だとはどうしても思えない。
本書では、今後、政府が支援すべき分野として、環境、介護、保育、観光などを挙げている。私もそのことには賛成である。しかし、その分野に注力する理由が、「市場経済では成立しないから」とか「不要不急だけれど需要を喚起できるから」という視点ではなく、たとえば環境に関しては、資源枯渇やエネルギー問題を考えれば人類史的に見て喫緊の課題であるということ、介護に関しても人口動態を考えれば喫緊の課題であり、また、その分野が充実することにより人々の暮らしがより豊かになるという見通しが立つ分野であるということから、支援していくことが必要なのではないだろうか。
それが、既存の経済社会=貨幣経済の仕組みで実現することが難しいと言うのであれば、それはもしかすると貨幣経済はある意味で限界であり、そうではない新しい枠組みを見出していくことが必要なのではないだろうか。そんなことは非現実的だと言われるかもしれない。しかし、山崎亮氏が手掛けている島しょ地域や地方都市における地域づくりに代表される動きや、ごく身近なところにあるいろいろなソーシャルビジネスやコミュニティビジネスなどは、貨幣経済の原理のみで動いていないということは確かだろう。そのようなことを考えると、たとえば、山崎正和氏の提唱する「贈与と交換」あるいは「社交と商業」の経済や、坂口恭平氏の提唱する「態度経済」、広井良典先生の「創造的福祉社会」というキーワードが思い起こされる。
今、まさに、大きな時代の転換期であるということ、また、私自身は、やはり、貨幣経済とは異なる、新しい経済社会を志向していきたいということを改めて感じた。
〔追記〕
上記の書評は本書に対して批判的に書いているような印象を与えるかもしれないが、あくまでも私自身の感想であり、本書に対する批判では全くない。本書そのものは、経済のあり方について、まるでこちらからの質問に答えるように丁寧に説明がなされており、非常にわかりやすく、説得力がある。経済学の基礎知識が十分にない自分のような者にもよく理解できるように構成されている。「なるほどそういうことだったのか」と思うことが数多くあった。難解なことをわかりやすく説明することほど難しいことはなく、この点はさすがで、特に経済学を専門としない社会人全般に広くお勧めしたい一冊である。
店主
BGM Warm Your Heart / Aaron Neville (album)
経済学のことをわかりやすく説明した良書です。
この国の明日を考える際に大切なことがたくさん書かれていました。
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「成熟社会の経済学-長期不況をどう克服するか」/小野善康著(岩波新書)
昨年末の政権交代以降、円安が進み株価が上昇し、日本経済が活力を取り戻しつつあるような雰囲気が広がっている。しかし、実際の私たちの日々の生活に変化の実感はなく、何も変わっていないのに円相場や株価が動くというのはどうも不自然に思えてしまう。こういうことが起こるということは、いつかまた逆のこと、すなわち、何も変わっていないのに円高になったり株価が下がったりすることもあるということではないだろうか。結局のところ、経済学者や政治学者などの専門家ではない私たちには本当のことはよくわからないというのが正直な感覚だろう。
本書は、バブル崩壊以後20年間続く不況を「成熟社会」と捉え、そのような社会は経済学の視点ではどのように見えるのか、また、成熟社会を乗り越えていくにはどのような経済学的な処方箋が必要なのかを論じている。
著者は、成熟社会においては、80年代までの成長を前提とした社会(成長社会)とは異なる経済学の考え方が必要だという。成熟社会では、人々は生活に必要な物はひととおり手に入れてしまったので、お金を得ても新たなモノやサービスを購入したいという動機がない。むしろ、デフレで物価は下がっていく(=貨幣の価値が上がっていく)ので、今はお金を貯めておいて後で使おうという意識が働き、その結果として、長期に渡る不況が起きている。この状況を打破するためには、とにかく需要を創りだすこと。政策として貨幣をばらまいても人々はお金を貯め込むだけであり、そうではなく、人々が消費したくなるようなモノやサービスを生み出すように促すことが必要なのだと著者は言う。
このことについて、本書では「成熟社会に必要な知恵」として、「ブルーレイや3Dテレビ、ゲーム機やiPad、ネット・サービスのように、消費者に新たな楽しみを与え、購入するために前日から並ぶような物を次から次へと考案し続けること。このような創造力こそが重要です。」(p.26)と説明している。そのような前提のうえで雇用創出政策については「まず、目先の必需品ではなく、たとえ経営的には赤字であっても、ぜいたく品、不要不急品と思われるような分野において雇用を作る必要があります。」(p.96)と述べている。また、成熟社会においては、企業がコスト削減等により生産性を向上させても失業が増えるだけであり、同じ視点から、政策として職業訓練を推し進めることは結局のところ生産性の向上につながり、さらなる失業を増やすだと主張する。結論としては、成熟社会においては、産業政策においても雇用政策においても内需の拡大に結び付くような政策を取るべきだと言う。
これは、恐らく、経済学の視点では適切な処方箋なのだろう。しかし、もしそうだとすると、私は、そのような社会にはどうしても憧れることができない。資本主義経済の物差しでみれば生活必需品でない不要不急の新しいモノやサービスを次々に生み出していくことが重要なのかもしれないが、それが真の創造性とは思われない。結局のところ、企業でいえば利益向上、社会全体でいえば経済成長という価値基準に縛られた営みではないのか。また、生産性向上や職業訓練の否定についても、ひとりひとりが成長や能力の向上を目指したり、あるいは、それを支えたりすることができない社会というのは不自然ではないのか。少なくとも私にはそのような社会が魅力的だとはどうしても思えない。
本書では、今後、政府が支援すべき分野として、環境、介護、保育、観光などを挙げている。私もそのことには賛成である。しかし、その分野に注力する理由が、「市場経済では成立しないから」とか「不要不急だけれど需要を喚起できるから」という視点ではなく、たとえば環境に関しては、資源枯渇やエネルギー問題を考えれば人類史的に見て喫緊の課題であるということ、介護に関しても人口動態を考えれば喫緊の課題であり、また、その分野が充実することにより人々の暮らしがより豊かになるという見通しが立つ分野であるということから、支援していくことが必要なのではないだろうか。
それが、既存の経済社会=貨幣経済の仕組みで実現することが難しいと言うのであれば、それはもしかすると貨幣経済はある意味で限界であり、そうではない新しい枠組みを見出していくことが必要なのではないだろうか。そんなことは非現実的だと言われるかもしれない。しかし、山崎亮氏が手掛けている島しょ地域や地方都市における地域づくりに代表される動きや、ごく身近なところにあるいろいろなソーシャルビジネスやコミュニティビジネスなどは、貨幣経済の原理のみで動いていないということは確かだろう。そのようなことを考えると、たとえば、山崎正和氏の提唱する「贈与と交換」あるいは「社交と商業」の経済や、坂口恭平氏の提唱する「態度経済」、広井良典先生の「創造的福祉社会」というキーワードが思い起こされる。
今、まさに、大きな時代の転換期であるということ、また、私自身は、やはり、貨幣経済とは異なる、新しい経済社会を志向していきたいということを改めて感じた。
〔追記〕
上記の書評は本書に対して批判的に書いているような印象を与えるかもしれないが、あくまでも私自身の感想であり、本書に対する批判では全くない。本書そのものは、経済のあり方について、まるでこちらからの質問に答えるように丁寧に説明がなされており、非常にわかりやすく、説得力がある。経済学の基礎知識が十分にない自分のような者にもよく理解できるように構成されている。「なるほどそういうことだったのか」と思うことが数多くあった。難解なことをわかりやすく説明することほど難しいことはなく、この点はさすがで、特に経済学を専門としない社会人全般に広くお勧めしたい一冊である。
店主
BGM Warm Your Heart / Aaron Neville (album)