上杉謙信
皆さんこんばんは
今度は上杉謙信の話です。
皆さんも上杉謙信ついてはよきご存知ですよね。(^^)v
それでここでは裏話をしてみようと思っています。
上杉謙信が女かもしれない!!っていう話は皆様もご存知のこと。
それで、その根拠を書いてみます。
※これは私自分の興味で探した資料だから信頼性はないことを考えて読んでください。(*^_^*)
1.上杉謙信が脳出血で死んだと知られていますが、一説には脳出血ではない、婦人病の一種類で死んだという仮説がある。
2.上杉は戦闘とは関係なく毎月10日くらいになったら原因不明の腹痛でずっと門外不出の状態という記録が残っています。その理由が生理のセイだという仮説がある。
3.上杉神社にある上杉の衣服は男の衣服とは思えない服飾であること。
4.字をみると男の字ではなく女の字みたい。
5.スペインの人が書いた本で上杉に対して「伯母」表現を使ったこと。
6.当時の庶民達が歌った歌で上杉が「男に匹敵できる力と勇猛を持っている」という部分があったこと
7.当時には女でも大名になれること(江戸時代になってから女城主は法律で禁止される。)
8.上杉の肖像かは全部江戸時代以降に描かれたこと。その以前には存在しない(上杉が女であることを隠すためだと思われている。)
以上の 八つの根拠が
私が探してみた根拠です。皆さんはどう思いますか。
風林火山
「風林火山(ふうりんかざん)は、南北朝時代の南朝方の鎮守大将軍・北畠顕家
や、甲斐
の戦国大名
・武田信玄
の旗指物(軍旗
)に記された「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」(疾(と)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し)の通称。
日本で最初にこの旗を用いた武将は北畠顕家であるが、江戸時代以降の軍記物などで武田軍をイメージするものとして盛んに取り上げられる。
歴史
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の句は『孫子
』・軍争篇で軍隊の進退について書いた部分にある「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆。/其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し」からの引用。
これは「移動するときは風のように速く、静止するのは林のように静かに、攻撃するのは火のように。隠れるには陰のように、防御は山のように、出現は雷のように突然に」と言う意味である。
各版本
によっては「難知如陰」と「不動如山」が逆に記されている場合もあり、「風林火山」はそうした版の前四句を採用したものと思われる。」
出所はウィキです^^;。
武田信玄の風林火山という言葉です。皆様もよくご存知としておりますが、最初に何かこの言葉をかいたかったんです。由来は中国からですが、武田信玄みたいにこの表現に似合ってる人はあんまりないかもしれませんね。
