うちの町内は市内でも有数の繁華街の一部だった。普通の家は一軒か2軒で店を経営している家か道に面した部分を店に貸している家ばかりであった。

店であればお客様を迎えるために冬の間に店の前を綺麗に除雪してお客様をお迎えすることは当たり前であった。

大型店舗が郊外に出店してきたり車社会が進んで、昔ながらの個人商店や小規模店舗が淘汰されていき、そんな中に我が町ではではメインストリートの都市開発ということで舗道と流雪溝の整備という施策が行われた。

当時のメインストリートは舗道と流雪溝のため道路に面した敷地を県と市に約3.6mを接収されることになった。ここで接収される土地の補償は路面価以上であり植木一本にも補償がなされた。家屋に対しては元々の家屋をスクラップして新築した場合の補償金額が新築出来る金額であり、接収部分を削って改築した場合には補償金額が5分の1以下と提示されたため、昭和9年に建てられた酒造会社の工場以外は総て家を壊して新築した。


3.6m削られて狭くなった敷地で新たに店舗を開く家は無かった。これを機に補償金で郊外に家を建て、残った敷地を貸す家もあったがかつては道の両側に24軒あった商店街も今や3軒だけになった。

孫世代は郊外に家を建てて独立し、1番若いのが60歳という高齢者街になってしまった。そこは豪雪地帯の特有の雪掻き大好きの町内になってしまったのである。人通りも少なく店舗も無く迷惑をかける人もほとんどいないはずだが、かつてはメインストリートだった道に雪を積み上げておくことを許さないことを誰がいうわけでは無いのに重い脅迫されるような観念が町内に今でも漂っている。どんなに家の前に雪が積もっていても最低限の歩きやすい通路を雪掻きが出来ていれば何の問題が無いはずだが、それを許さない無言のプレッシャーを感じざるを負えない。

そんなわけで我が町内は市内でも冬季間に最も雪の無い道を提供している。