7/24(木)日経夕刊で関西大学・野田正彰教授の「職場は過剰覚醒社会」のインタビューが出ていた。
最適化とか、見える化、効率化のいく着く果ては、単に人間の使い捨てだと思っている私としては、
今の流通業やサービス業の業務形態を言い当てていて、鳥肌とともに納得。
「失われる息抜き時間」
「無駄排除で心に疲れ」
「昔と比べて違うのは、職場でぼーとする時間がなくなったことだ」
ぼーとしたり、新聞読んだり、ムダ話したり、の時間がないなぁは実感。
その時間は生産に貢献しているのか、の視線が痛い世の中。
「息抜きできる瞬間が消えうせて過度な緊張状態が延々と続く働き方が広がった」
「人間は単一の仕事には…同じ肉体労働ではぐっすり眠れるが、複数の案件を抱え、
あれもこれもと考える働き方には弱い」
ネット/モバイルでの常時接続が、帰宅後や休日や夏期休暇中の仕事を可能に
(強要?強迫観念?)したことで、ますます余裕がなくなっている感じがします。
本人にも家族にも。
(外食店など)「笑顔を絶やさないなど感情に関わる労働も過剰になりつつある」
など精神科医としての現場からの発言は正鵠を射た指摘だと思う。
どうやって業務時間を最適に使えるか議論多く、その土台や前提となる
インプット余裕は勘案されないなぁ、というのが、最近の日本かと思ってます。
短期的な最適化を金科玉条とした労働環境、成果主義的(破綻してるという話ももっぱら…)の
なかで、こうした状況は普通にやっていても、過剰覚醒にならざるをえない。
野田教授のインタビューでは、「人が幸せに生きるとは、どういうことか、きちっと考えるべき時だ」と
意外に普通に終わっているが、個人でも、企業でも、自分から考えないと
いけないというメッセージだと理解。自分がどうしたいかの主体で考える。
本当にいい組織を作っていこうとするのであれば、うまくやろうぜ、とか表面的な
ワークライフバランスとかいう大雑把なまとめにしてはいけない話だと刺さる記事でした。