■本日(11月02日)オススメブランドは、ジャンフランコ・フェレ

ブランドの始まり
1978年、ジャンフランコ フェレが自身の名を冠したブランドでミラノ・

コレクションにデビュー。

ジャンフランコ フェレについて
ジャンフランコ フェレ(Gianfranco Ferre)は1944年8月15日、イタリア

のルガーノに生まれる。69年、ミラノ工科大学建築学科を卒業。建築

家の資格を持つ。そのためフェレの服自体も建築的な特徴がある。

卒業後に渡ったインドで東洋の文化をに触れ、影響を受ける。

帰国後、当初はインテリアデザイナーをしていたが、72年からアクセ

サリーのデザインを手がける。きっかけは友人のアクセサリーをデザ

インしたことから。その後、ミラノファッション界の権威、ウォルター・ア

ルビーニのアクセサリーをデザインしたことから、アクセサリーデザ

イナーとしての名声を高める。

その後、フィオルッチのTシャツデザインで頭角を現し、スポーツウェ

アなど服のデザインを手がけるようになる。73年、バイラ社からコレク

ションを任され、74年にパイラで初のプレタポルテコレクションを発表。

78年、自身の名を冠したブランド「ジャンフランコ フェレ」にてレディ

ースコレクションを発表。

白のシャツ(白のブラウス)が人気となり、一躍有名となる。建築のセン

スを活かした独特のボリュームは、見るものを魅了した。白のブラウス

にこだわった理由としては「幼い頃の母親のイメージ、白のブラウスを

着ていた」からでそれがミューズのようになっているから語っている。

白をシンボルカラーとしたが、情熱的な「赤(インペリアル・レッド)」を使

用したデザインも多く打ち出した。80年代以降には良質な素材を探求し

、よりエレガントな路線へと進んでいった。

82年にはメンズコレクションを発表。80年代、各国のファッション評論家

が選ぶ「ゴールデンアイ賞」を8年間で5度受賞。

89年、クリスチャン ディオールのチーフデザイナーに就任。クリスチャ

ン ディオールのオートクチュールとレディス・プレタポルテ、アクセサリ

ーを担当した。就任当初はイタリア人のデザイナーが、フランスの伝統

的なファッションブランドのデザイナーになることに対して反発があった

が、その反発をフェレは自身のデザインで跳ね返した。

1989A/Wオートクチュールコレクションにおいて、「ニュールック」をモ

チーフにしたデザインを発表して好評を博す。そして、90年にはフラン

スの「金の指貫き賞(デ・ドール賞)」を受賞した。

96年、惜しまれつつもディオールのデザイナーをジョン ガリアーノに譲

る。「クチュールはディオール以外のブランドでは考えられない」と語り、

以後、クチュールには携わることはなかった。

1996A/Wより「GFF(ジー・エッフェ・エッフェ)」をスタート。当初は「GIEFF

EFFE」と表記していた。また、1997S/Sより「ジャンフランコ フェレ ジーン

ズ」をスタート。

2007年6月17日夜、脳内出血のためミラノの病院で死去、享年62歳。前日

、16日に不調を訴えて倒れ、集中治療を受けたが帰らぬ人に。その1週間

後に行なわれたミラノコレクションでは彼の遺作とこれまでの功績に惜しみ

ない拍手が送られた。

フェレの後任デザイナーにはラーズ ニルソンが就任、2008年A/Wメンズ・

コレクションからデザインを手がけるも、ファーストシーズンのメンズコレク

ションを発表後に辞任。その後、6267(セイドゥエセイセッテ)のトマーゾ・ア

キラーノとロベルト・リモンディがレディースウェアラインのクリエイティヴ・デ
ィレクターに就任している。

2009年、ダミアーニとコラボレーションで高級ジュエリーコレクションを発表。

コメントおよび補足
ジョルジオ・アルマーニ: Giorgio Armani、ジャンニ・ヴェルサーチ:Gianni

Versaceと並んで、ミラノモードの「3G(スリージー)」と呼ばれ、80年代後半

のイタリアファッション、ミラノコレクションを引っ張りました。


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