出ニッポン記 | 自由気ままにリベルダーデ

出ニッポン記

今日のリベルダーデは晴れ一時雨のちくもり。23℃(夜)。


本上野  

出ニッポン記  上野英信著(現代教養文庫)1995年4月30日初版。

今日、ずっと借りていたこの本の返却催促を受けた。かれこれ1年近く借りたのだから、当たり前だ。


あまりに面白くて、すぐに読んじゃう本と、あまりにもいい本で、すぐに読むのはもったいなくて、少しずつ読んでしまう本がある。


この本はまさしく後者である。


京大文学部を中退後、炭鉱で坑夫で働いた上野英信。


そんな彼が南米に追われた炭坑労働者のその後を追いたいと1974年に南米へ追い求めに来たルポルタージュである。


正直言って、ブラジルへ来るまで、炭鉱出身者が労働闘争の末、南米へ渡ったことも、上野英信というルポライターも知らなかった。


が、読んでいるうちにその等身大の描き方に惹かれていく。


知っている人の名前が1人だけあった。

本には出てこないが、たしかに親が炭坑出身者だという67歳の知り合いもいる。


ブラジルにいるからだろうか、移住者の生活が手に取るように察しられ、読書中、何度か目頭が熱くなった。


いい本である。


今、上野氏が亡くなられてしまったことを心から残念に思う。


解説には松下竜一氏が筆を揮っている。


松下氏は上野氏を師と仰いでいる。


そんな松下氏を師と仰ぐ2人の知り合いがいる。


私にとってはその2人も師である。


師の師の師なんだから、本当に素晴らしい人だったのだろう。


筑豊には何と素晴らしい逸材が生まれるものだろう。


松下氏の存在は知っていたのにもかかわらず、お目にかかる前にお亡くなりになられた。


これまた悔やまれる。


松下氏の解説だけでも、私の心にはガンガンと響き、恥ずかしながら涙腺が緩んだ。


今の私には、本でお2人を感じるしかすべがない。


そして、南米の炭坑出身者に幸あれと私ですら願ってしまう。


あの当時に収入には見合わない300万円もの借金をし、1度ならず、2度も訪れた上野氏の心意気と行動力に尊敬の念を込めて・・・。