brainwayの由来と私の師(3) | 脳と私

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脳についての私の考え方

師の体調がよくなるころには、
私の留学先の申請期限が切れていました。

しばらくしてから、
師から研究所に遊びに来ないかとのお誘いをお手紙で頂き、
早速手土産を持参して、師に会いに行きました。
30分くらい話していたと思います。

いきなり研究室に行き、師自ら席を1つ用意してくださり、
しばらく研究室のお手伝いをすることになったのです。

もともと脳の動作原理を調べるために脳型コンピュータを創るというのが、
以前からの師の研究目的で、それを実現するために、
イカの帰巣回帰のメカニズムや鳥類の刷り込み記憶のメカニズム、
報酬が脳に与える影響を細胞のレベルから、ネットワーク、
さらにハードウェアの実現を研究するところでした。

5年ほど、その研究室に滞在させていただき、
2002年の1月の連休に師と一緒に徹夜である本の翻訳をしていたのが、
師との仕事の最後でした。
そのころには研究の集大成として、
自力飛行ができる小型のヘリコプターが飛ぶまでになっていました。
師が興奮していたのも覚えていますし、
お家でもかなり喜んでいたとのちに師の奥様から聞くことになりました。
一緒に翻訳したときから約1か月半後に師は突然他界しました。

私はほかの先生について研究する気はなかったので、
そのまま退所し、今のソフトウェアエンジニアへとつながります。

師が生前に私にいっていたことはたくさんありすぎて、
実感するまでに時間がかかりました。
その間に古典的な自己啓発書や成功哲学もよみました。
その中に書かれていることと師が私におっしゃっていたことは、
基本的には同じことなのだと思います。
何をするにも成し遂げたいことを疑わず信じ、そのことを続ける…。

師の名文句は「愛は脳を活性化し育てる」でした。
これだけはまだ実感できずにいますけど、
そのうちに。

師が他界して今年で10年です。
今でも思います、「私は少しは役に立ったのでしょうか?」と。
先生、ほんとうにありがとうございます。
これからもみんなのそばで見ていてください。