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8月とは戦争の月?
日本では、8月という月に広島、長崎の原爆がさく裂したり、終戦したり、JAL123便が墜落したり、その日航機墜落事故が、軍事衝突の疑いが強かったりといったことで、伝統的に戦争や虐殺と関係のある月になっていて、亡くなった先祖が戻ってくるというお盆も8月にあります。
2023年8月8日にはハワイ、マウイ島で火災が発生し、犠牲者数が100人以上、行方不明者数も1000人程度となり、これも人工的な災害だとすると、戦争ともいえる状況です。
戦争とはいったい何なのか?この8月には考えてみる必要があります。
私たちの周囲に、戦争をしたい、人を殺したい、敵国を滅ぼしたいなどと考え、実際に人殺しに手を染めようとする人は、ほとんどいません。しかし、ごく一部の人たちの判断で、私たちの世界では、常に戦争が行われています。圧倒的多数の私たち庶民が、戦争など全く望んでいない、それどころか、完全に拒絶しているのにです。
これは非常に不自然です。
私達が、これまで追い求めてきた真実の情報の考察から、この世界のある層の人たちというのは、人々を殺傷することを追求しているようだ、ということでした。
マウイ島の火災の不自然さ
ハワイ・マウイ島の火災は人工的に起こされたように見えます。
死者数は100人を超え、行方不明者数も1000人ほどです。
この1000人が単純に火災で死んでしまったのか、どこかにさらわれてしまったのか、何らかの実験に使われているのか?
行方不明である以上、実態がわかりません。それにしても、100人が亡くなって、1000人が行方不明というのは、不自然な数字です。
マウイ島の犠牲者の写真の中には、犬が黒焦げになっている写真もありました。

ただの火災で、このように生き物が炭のような状態になるということがありえるでしょうか?
1985年の日航機123便墜落事件の際にも、当時の週刊誌が似たような写真を公開していました。
死体が炭のようになっています。
ジェット燃料は、機体を燃え尽くしたり、ビルを爆破させて崩壊させたり、乗客を炭になるまで燃やし尽くすような性質のものではありません。
マウイ島でも、殺すことだけが目的の存在がいるのかもしれないし、JAL123便の墜落の際にも殺しだけが目的の存在が動いていたのかもしれません。それは、戦時中に火炎放射器で、一般市民を惨殺するような人たちかもしれないのです。
殺している相手は、政敵や重要人物ではなく、ただの庶民です。
ところで、日本の死者のほとんどは、病院で、診断され、治療され、そのうえで手の施しようがなくなって、亡くなっています。
これって、自然なことなのでしょうか? 戦争を行う人たちも、病院や医大を運営する人たちも、大規模資本家ということでは、同じ人たちなんです。
日本で死んでいる人たちのほとんどが、医者や病院、製薬会社にが関与したのち、死んでしまっています。
仮に、戦争、火災、医療に悪意があって、庶民の命が狙われているのだとすると、政治、マスコミ、学界、医療、製薬といった場所に、意図を持ったキーパーソンが配置されているのかもしれませんね。
この世界では一体何が起こっているのでしょうか?
歴史を紐解くと見えてくる植民地経営の異常さ
植民地支配は常に、海から軍事力を擁した勢力がある土地に入り込み、港を拠点として最終的にその土地、国を完全に支配するという形で行われていました。
現在残されている港町というのが、当時のその地域の支配拠点でした。
ダイヤモンド加工で有名なアントワープ、アンネの日記で有名なアムステルダム、バルセロナ、海洋国家スペイン、ベニスの商人のベネチア。
資本主義という冷酷な物質主義、金至上主義を掲げる集団がまずはヨーロッパ中の港町を拠点として、金の倫理と仕組みを蔓延させ、海賊という暴力集団と手を組んで、優れた前文明の船を乗り操って、南北アメリカ、アフリカ、中東、インド、東南アジア、中国、日本に外国人居留地や租界を立ち上げ、植民地経営の基盤を築いていったのです。
その際に、必ずインストールしていった仕組み、組織というのが、マフィアやヤクザのような暴力団、中央銀行やその他の一般銀行と金による収奪、奴隷化の仕組み、そして、一神教の宗教とそこから導き出される肉食文化です。
日本、タイ、ハワイの王族というものは、イギリスの力を借りて植民地支配をしていた勢力であるという疑いが高いです。
イギリス等西洋列強の武器の力、武力で、港から侵略先の土地を制圧していき、その際に、一見華やかに見えるお金と投資による経済発展モデルをインストールして、現地住民を労働力として徹底搾取しつつ、資本を自分の懐に蓄積していくモデルを、今回の時代の文明では採用しているように見えます。
そこに一神教の宗教で、権威にひざまずく哲学をインストールします。
19世紀後半からの数々の大戦争、昨今の大災害、マウイ島の火災といったものが、意図的に実施されたものだとすると、海賊、海軍勢力による侵略と搾取、人口削減というものが、たゆまなく実施されていたと思われます。
マウイ島でも現在、即座に土地の買い占めが始まっているという話がありますね。
そこにフワスピや一神教の司祭たちが、カルマや神の救い、神の怒りという話で、問題をそらせて、庶民たちが勝手に納得するように促します。
暴力、搾取、忍従という植民地支配の構図は、19世紀でも21世紀でも同じです。
そして、搾取される側が搾取されているとは考えずに、能天気に操られているという状況も、19世紀21世紀で同じのようです。
戦争の本質とは?
しかし、こう見ていってもたくさんの人の命を奪うという戦争の本質、その目的がはっきりとは見えてきません。
私達に19世紀ごろにインストールされた文化では、争い、戦いの価値観が非常に深いところまで刷り込まれています。
運動会、紅白歌合戦、受験戦争、マンガ、テレビ番組、テレビゲーム、スポーツ競技
私はこれらの現象が、人間の本質が戦いにあるということではなく、意図的に人間を戦いで支配しようとするものだと感じます。
政治の戦い、国同士の戦い、オリンピック、野球やサッカーなどあらゆるスポーツ競技、これらすべてが、私達を対立と戦いのマトリックスに閉じ込めるための仕掛けに過ぎないと考えています。
動物を自分たちより下等なものと見下して、好きなように殺して殺害し、同レベルの人間同士の間でも、上か下かでひたすら争わさせる価値観です。
その争いの根本的な道具としては、詐欺経済のお金も大きな役割をはたしています。
そしてその性質上、中央銀行を所有している集団が絶対に他のすべての参加者に勝てる、つまり、ある種の悪魔的な集団が他のすべての参加者をいいように操ることができるという仕組みが敷かれているかのようです。
そう、彼らは戦いや争いが大好きで、ランク付けも大好き、しかもいかなる汚い手を使うことも大好きで、自分たちが絶対に勝てるようにすることも大好きです。そして、これらの存在は、人口削減が大好きです。
とてもまともな価値観ではありません。他人の不幸は蜜の味という価値観です。
いったいこれらの存在とは何なのでしょうか?
彼らは、船や軍艦に乗って、手つかずで、善良な人々が住んでいる土地に現れ、詐欺や人口削減で、その世界をめちゃくちゃにしつつ、自分たちだけが苦もなく、悠々自適に生活できる環境を構築しています。
彼らは、それ以外の人間のことなどは、本質的にどうでもよく、そういった一般庶民を生かしているのは、あくまで、自分たちの利益になるからです。
私は、自分の経験上、そのような意識を持っている人に会ったことがありません。
私はその存在とは純粋な悪魔としか思えません。
マウイ島で無慈悲に家々を焼き払って、人々を焼き殺していたり、東日本大震災で無数の人々を津波で海の藻屑にしてしまっていたり、広島、長崎の原爆、東京大空襲などで、無数の人たちを焼き殺していたり、日本やアメリカで19世紀以降から無数に発生している各都市の大火事で、多数の人達を焼き殺している存在です。
彼らは私達を奴隷として飼育しているのです。彼らは当然、人間ではなく、人間よりも優れた能力を持っている存在です。
そんな意識を持った人間を私は見た事がありません。
しかし、このような人たちはたくさんいて、私たちの多くはこのような人たちです。
自分たちよりも力がなく、私達が好きなようにできるほど能力に限界のある存在、家畜たちに対して、私たちは、私たちを搾取し、好き放題している悪魔のような連中たちと、同じように接しています。
私達のこれまでの探求から、肉食で得られる栄養が人間の生存のために不可欠であるという既存の栄養学というのは、完全にでたらめであるということが判明しています。
しかし、多くの人々は肉食をやめません。なぜ、人間は肉食を続けるのでしょうか?それは、動物の肉を食べると美味しいという快感がえられるからです。
いくら動物を殺して、食べて、その快感を得たとしても、わたしたちはその動物に反撃されることはありません。
ですから私達は、わたしたちの都合に合わせて、動物たちを好き放題惨殺しています。
マウイの火災、東日本大震災、広島、長崎の原爆、東京大空襲、ロシア内戦での2000万人の一般市民の命、日本やアメリカ中心に起こった無数の大火事の犠牲者たちです。
私達より優れた技術や知識を持った彼らは、好き放題家畜である私達、わたしたちの仲間を惨殺し続けてきました。
とはいえ、その彼らも、人間が牛、豚、鶏に対してその自由を完全に奪った狭い檻の中で糞尿にまみれながら、陽の光も見えない状態で、ただ食べられるために飼育され、そして僅かな日数この世界の生を味わうだけの生き方をし、もれなく惨殺されるという悪魔以上に邪悪な行いはしていません。
その惨殺キャンペーンはせいぜい多くても、年に数回で、犠牲になる人数も全人口の中で、極僅かです。
一方、人間ときたら、9割以上が、家畜虐殺の実行犯で、毎日動物の肉を、その美味しいという快感のためだけに、食べています。
私たち日本人は、19世紀後半、肉食がすき焼と一緒に奨励されるまで、肉を食べる文化を持っていませんでした。
ロシアでもインドでも、ある時期まで肉を食べる文化はなかったようです。
運動会や、小説、映画、漫画などを通じて、戦いの意識を完全に植え付けつつ、人々が動物を大量虐殺するように仕向け、人間同士が常に争いいがみあい、自分たちのエゴを最大化させるように仕向け、加えてその人々を大量に殺害する。
そんなことが行われているように見えます。
戦争の本質、それらの悪魔的な存在の本質というのは、他人の不幸など一切気にならないということで、そのうえで、自分自身の快楽や利益を純粋に追求しているということなのでしょう。
いかに美味しいビーフカレーを食べるのかということこそが問題で、そのために、牛がどれほど痛い思いをして悲しむのかということを、完全に無視するということとと一緒です。
そのように、自分たちの利益を最大限追求し、他の人達が死のうが朽ち果てようがどうでもよいという、海賊勢力が日本をはじめとした世界各国の港町から侵入してきて、その土地を防衛しようとする現地の陸軍を制圧していったのが、わたしたちの戦争や歴史の本質なのではないでしょうか。
しかも、私達自身が彼らと同じような、無情な殺戮者で、戦いや自己評価だけが重要だという、悪魔のような存在になるように仕向けさせてです。
一体どうしたらいいのか?
一体どうしたら、このような状況を変えることができるのでしょうか?
悪魔の連中たちを変えることは、確かに困難に見えます。しかし、自分たちの悪魔性を変えることはそれほど難しくはありません。
肉食をやめて、動物たちを惨殺することをやめること、そして、競争や争いが唯一の価値観だとするマトリックスから突破して、全く別の価値観で生きるようにすること。
これは、子どもたちを学校に行かせないということであり、加えて学校をやめさせた上でも、競争力をあげるためという競争の意識での教育もしないということにあります。
学校にいっていないけど、語学はすごいよ、演技ができるよ、歌がうまいよ、というような、競争の意識での教育を続けるということと全く逆のことです。
子どもが、ただただ、子どもの好きなことをする。そのことを肯定する態度であり、誰も自分の勝利や、自分だけの富といったものを志向しないということです。
大人も子どももです。
そのような子どもたちの集まりを、岡山のかずみさんが、作り上げようとしています。ご興味ある、肉食をやめてエゴの少ない皆さんは、かずみさんへ、TwitterのDMなどを通じて、問い合わせてみてください。
かずみさんのTwitter
その場所をもうすぐ開設しようとしています。
この世界は、気づいた人たちが自由に、愛のために動くことでのみ、変えることができます。
もしも金や競争での勝利を目的として動いていたら、皆さんはかならず、悪魔が流通させた金や、見栄の力で、悪魔の軍門に下り、今まで通りの奴隷に逆戻りします。
この世界も、動物から人間まで全ての生物が不幸に嘆く、悲惨な地獄のままの世界線にとどまることになってしまいます。
この世界を変えることができるのは、正に皆さん一人一人だけ、一般庶民の皆さん一人一人だけなのです。
この内容は動画でもまとめてあります








































































































