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8月とは戦争の月?

 

日本では、8月という月に広島、長崎の原爆がさく裂したり、終戦したり、JAL123便が墜落したり、その日航機墜落事故が、軍事衝突の疑いが強かったりといったことで、伝統的に戦争や虐殺と関係のある月になっていて、亡くなった先祖が戻ってくるというお盆も8月にあります。

 

 

2023年8月8日にはハワイ、マウイ島で火災が発生し、犠牲者数が100人以上、行方不明者数も1000人程度となり、これも人工的な災害だとすると、戦争ともいえる状況です。

 

戦争とはいったい何なのか?この8月には考えてみる必要があります。

 

私たちの周囲に、戦争をしたい、人を殺したい、敵国を滅ぼしたいなどと考え、実際に人殺しに手を染めようとする人は、ほとんどいません。しかし、ごく一部の人たちの判断で、私たちの世界では、常に戦争が行われています。圧倒的多数の私たち庶民が、戦争など全く望んでいない、それどころか、完全に拒絶しているのにです。

 

これは非常に不自然です。

 

私達が、これまで追い求めてきた真実の情報の考察から、この世界のある層の人たちというのは、人々を殺傷することを追求しているようだ、ということでした。

 

 

マウイ島の火災の不自然さ

ハワイ・マウイ島の火災は人工的に起こされたように見えます。

 

死者数は100人を超え、行方不明者数も1000人ほどです。

 

この1000人が単純に火災で死んでしまったのか、どこかにさらわれてしまったのか、何らかの実験に使われているのか?

 

行方不明である以上、実態がわかりません。それにしても、100人が亡くなって、1000人が行方不明というのは、不自然な数字です。
 

マウイ島の犠牲者の写真の中には、犬が黒焦げになっている写真もありました。


ただの火災で、このように生き物が炭のような状態になるということがありえるでしょうか?

 

1985年の日航機123便墜落事件の際にも、当時の週刊誌が似たような写真を公開していました。

死体が炭のようになっています。
 

 

ジェット燃料は、機体を燃え尽くしたり、ビルを爆破させて崩壊させたり、乗客を炭になるまで燃やし尽くすような性質のものではありません。

マウイ島でも、殺すことだけが目的の存在がいるのかもしれないし、JAL123便の墜落の際にも殺しだけが目的の存在が動いていたのかもしれません。それは、戦時中に火炎放射器で、一般市民を惨殺するような人たちかもしれないのです。

殺している相手は、政敵や重要人物ではなく、ただの庶民です。

 

ところで、日本の死者のほとんどは、病院で、診断され、治療され、そのうえで手の施しようがなくなって、亡くなっています。

 

これって、自然なことなのでしょうか? 戦争を行う人たちも、病院や医大を運営する人たちも、大規模資本家ということでは、同じ人たちなんです。

 

日本で死んでいる人たちのほとんどが、医者や病院、製薬会社にが関与したのち、死んでしまっています。

 

仮に、戦争、火災、医療に悪意があって、庶民の命が狙われているのだとすると、政治、マスコミ、学界、医療、製薬といった場所に、意図を持ったキーパーソンが配置されているのかもしれませんね。

 

この世界では一体何が起こっているのでしょうか?

 

 

歴史を紐解くと見えてくる植民地経営の異常さ

植民地支配は常に、海から軍事力を擁した勢力がある土地に入り込み、港を拠点として最終的にその土地、国を完全に支配するという形で行われていました。

 

現在残されている港町というのが、当時のその地域の支配拠点でした。

 

ダイヤモンド加工で有名なアントワープ、アンネの日記で有名なアムステルダム、バルセロナ、海洋国家スペイン、ベニスの商人のベネチア。

 

 

資本主義という冷酷な物質主義、金至上主義を掲げる集団がまずはヨーロッパ中の港町を拠点として、金の倫理と仕組みを蔓延させ、海賊という暴力集団と手を組んで、優れた前文明の船を乗り操って、南北アメリカ、アフリカ、中東、インド、東南アジア、中国、日本に外国人居留地や租界を立ち上げ、植民地経営の基盤を築いていったのです。

 

 

その際に、必ずインストールしていった仕組み、組織というのが、マフィアやヤクザのような暴力団、中央銀行やその他の一般銀行と金による収奪、奴隷化の仕組み、そして、一神教の宗教とそこから導き出される肉食文化です。

 

 

 

 

 

日本、タイ、ハワイの王族というものは、イギリスの力を借りて植民地支配をしていた勢力であるという疑いが高いです。

 

イギリス等西洋列強の武器の力、武力で、港から侵略先の土地を制圧していき、その際に、一見華やかに見えるお金と投資による経済発展モデルをインストールして、現地住民を労働力として徹底搾取しつつ、資本を自分の懐に蓄積していくモデルを、今回の時代の文明では採用しているように見えます。
 

そこに一神教の宗教で、権威にひざまずく哲学をインストールします。

 

19世紀後半からの数々の大戦争、昨今の大災害、マウイ島の火災といったものが、意図的に実施されたものだとすると、海賊、海軍勢力による侵略と搾取、人口削減というものが、たゆまなく実施されていたと思われます。

 

マウイ島でも現在、即座に土地の買い占めが始まっているという話がありますね。

 

そこにフワスピや一神教の司祭たちが、カルマや神の救い、神の怒りという話で、問題をそらせて、庶民たちが勝手に納得するように促します。

 

暴力、搾取、忍従という植民地支配の構図は、19世紀でも21世紀でも同じです。

 

そして、搾取される側が搾取されているとは考えずに、能天気に操られているという状況も、19世紀21世紀で同じのようです。

 

戦争の本質とは?

しかし、こう見ていってもたくさんの人の命を奪うという戦争の本質、その目的がはっきりとは見えてきません。

 

私達に19世紀ごろにインストールされた文化では、争い、戦いの価値観が非常に深いところまで刷り込まれています。

 

運動会、紅白歌合戦、受験戦争、マンガ、テレビ番組、テレビゲーム、スポーツ競技

 

私はこれらの現象が、人間の本質が戦いにあるということではなく、意図的に人間を戦いで支配しようとするものだと感じます。

 

政治の戦い、国同士の戦い、オリンピック、野球やサッカーなどあらゆるスポーツ競技、これらすべてが、私達を対立と戦いのマトリックスに閉じ込めるための仕掛けに過ぎないと考えています。

 

動物を自分たちより下等なものと見下して、好きなように殺して殺害し、同レベルの人間同士の間でも、上か下かでひたすら争わさせる価値観です。

 

その争いの根本的な道具としては、詐欺経済のお金も大きな役割をはたしています。

そしてその性質上、中央銀行を所有している集団が絶対に他のすべての参加者に勝てる、つまり、ある種の悪魔的な集団が他のすべての参加者をいいように操ることができるという仕組みが敷かれているかのようです。

 

 

そう、彼らは戦いや争いが大好きで、ランク付けも大好き、しかもいかなる汚い手を使うことも大好きで、自分たちが絶対に勝てるようにすることも大好きです。そして、これらの存在は、人口削減が大好きです。

 

とてもまともな価値観ではありません。他人の不幸は蜜の味という価値観です。

 

いったいこれらの存在とは何なのでしょうか?

 

彼らは、船や軍艦に乗って、手つかずで、善良な人々が住んでいる土地に現れ、詐欺や人口削減で、その世界をめちゃくちゃにしつつ、自分たちだけが苦もなく、悠々自適に生活できる環境を構築しています。

 

彼らは、それ以外の人間のことなどは、本質的にどうでもよく、そういった一般庶民を生かしているのは、あくまで、自分たちの利益になるからです。

 

私は、自分の経験上、そのような意識を持っている人に会ったことがありません。

 

私はその存在とは純粋な悪魔としか思えません。

 

マウイ島で無慈悲に家々を焼き払って、人々を焼き殺していたり、東日本大震災で無数の人々を津波で海の藻屑にしてしまっていたり、広島、長崎の原爆、東京大空襲などで、無数の人たちを焼き殺していたり、日本やアメリカで19世紀以降から無数に発生している各都市の大火事で、多数の人達を焼き殺している存在です。

 

彼らは私達を奴隷として飼育しているのです。彼らは当然、人間ではなく、人間よりも優れた能力を持っている存在です。
 

そんな意識を持った人間を私は見た事がありません。

 

しかし、このような人たちはたくさんいて、私たちの多くはこのような人たちです。

 

自分たちよりも力がなく、私達が好きなようにできるほど能力に限界のある存在、家畜たちに対して、私たちは、私たちを搾取し、好き放題している悪魔のような連中たちと、同じように接しています。

 

私達のこれまでの探求から、肉食で得られる栄養が人間の生存のために不可欠であるという既存の栄養学というのは、完全にでたらめであるということが判明しています。

 

しかし、多くの人々は肉食をやめません。なぜ、人間は肉食を続けるのでしょうか?それは、動物の肉を食べると美味しいという快感がえられるからです。

 

 

いくら動物を殺して、食べて、その快感を得たとしても、わたしたちはその動物に反撃されることはありません。

ですから私達は、わたしたちの都合に合わせて、動物たちを好き放題惨殺しています。
 

マウイの火災、東日本大震災、広島、長崎の原爆、東京大空襲、ロシア内戦での2000万人の一般市民の命、日本やアメリカ中心に起こった無数の大火事の犠牲者たちです。

 

私達より優れた技術や知識を持った彼らは、好き放題家畜である私達、わたしたちの仲間を惨殺し続けてきました。

 

とはいえ、その彼らも、人間が牛、豚、鶏に対してその自由を完全に奪った狭い檻の中で糞尿にまみれながら、陽の光も見えない状態で、ただ食べられるために飼育され、そして僅かな日数この世界の生を味わうだけの生き方をし、もれなく惨殺されるという悪魔以上に邪悪な行いはしていません。

その惨殺キャンペーンはせいぜい多くても、年に数回で、犠牲になる人数も全人口の中で、極僅かです。

一方、人間ときたら、9割以上が、家畜虐殺の実行犯で、毎日動物の肉を、その美味しいという快感のためだけに、食べています。
 

私たち日本人は、19世紀後半、肉食がすき焼と一緒に奨励されるまで、肉を食べる文化を持っていませんでした。

 

ロシアでもインドでも、ある時期まで肉を食べる文化はなかったようです。

 

運動会や、小説、映画、漫画などを通じて、戦いの意識を完全に植え付けつつ、人々が動物を大量虐殺するように仕向け、人間同士が常に争いいがみあい、自分たちのエゴを最大化させるように仕向け、加えてその人々を大量に殺害する。

 

そんなことが行われているように見えます。

 

戦争の本質、それらの悪魔的な存在の本質というのは、他人の不幸など一切気にならないということで、そのうえで、自分自身の快楽や利益を純粋に追求しているということなのでしょう。

いかに美味しいビーフカレーを食べるのかということこそが問題で、そのために、牛がどれほど痛い思いをして悲しむのかということを、完全に無視するということとと一緒です。
 

そのように、自分たちの利益を最大限追求し、他の人達が死のうが朽ち果てようがどうでもよいという、海賊勢力が日本をはじめとした世界各国の港町から侵入してきて、その土地を防衛しようとする現地の陸軍を制圧していったのが、わたしたちの戦争や歴史の本質なのではないでしょうか。

しかも、私達自身が彼らと同じような、無情な殺戮者で、戦いや自己評価だけが重要だという、悪魔のような存在になるように仕向けさせてです。
 

一体どうしたらいいのか?

 

一体どうしたら、このような状況を変えることができるのでしょうか?

悪魔の連中たちを変えることは、確かに困難に見えます。しかし、自分たちの悪魔性を変えることはそれほど難しくはありません。

肉食をやめて、動物たちを惨殺することをやめること、そして、競争や争いが唯一の価値観だとするマトリックスから突破して、全く別の価値観で生きるようにすること。

 

これは、子どもたちを学校に行かせないということであり、加えて学校をやめさせた上でも、競争力をあげるためという競争の意識での教育もしないということにあります。

学校にいっていないけど、語学はすごいよ、演技ができるよ、歌がうまいよ、というような、競争の意識での教育を続けるということと全く逆のことです。

子どもが、ただただ、子どもの好きなことをする。そのことを肯定する態度であり、誰も自分の勝利や、自分だけの富といったものを志向しないということです。

大人も子どももです。


そのような子どもたちの集まりを、岡山のかずみさんが、作り上げようとしています。ご興味ある、肉食をやめてエゴの少ない皆さんは、かずみさんへ、TwitterのDMなどを通じて、問い合わせてみてください。

かずみさんのTwitter

その場所をもうすぐ開設しようとしています。

この世界は、気づいた人たちが自由に、愛のために動くことでのみ、変えることができます。

もしも金や競争での勝利を目的として動いていたら、皆さんはかならず、悪魔が流通させた金や、見栄の力で、悪魔の軍門に下り、今まで通りの奴隷に逆戻りします。

この世界も、動物から人間まで全ての生物が不幸に嘆く、悲惨な地獄のままの世界線にとどまることになってしまいます。

この世界を変えることができるのは、正に皆さん一人一人だけ、一般庶民の皆さん一人一人だけなのです。

この内容は動画でもまとめてあります

 





 

 

 


 

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原爆地上起爆説という驚くべき説があります。

 

戦争の破壊をくぐり抜け、何故か無事だった建物の特徴とは?

広島ではなぜか、日本銀行の建物があの原爆にさらされながらも、その当時から無事なままで残っています。

 

 

第2次世界大戦中、日本中で空襲の被害が甚大でしたが、広島以外でも日本の各県にある日本銀行の建物は、不自然にも無事なままで残っていました。

 

東京、大阪など日本の主要な都市の主要な国家機関、軍の中枢、天皇の根城なども戦火を免れています。

 

 

 

ほぼ爆心地に位置する場所にある、この平和記念公園レストハウスと呼ばれている建物は、被爆当時、広島県燃料配給統制組合という国、県の組織に使用されていました。
 

この建物は、前文明の建設物とみられ、地下室が存在しています。原爆の被爆の直撃を受けても大破はしませんでした。そして内部にいた人たちはほぼ全滅しています。

 

 

 

 

私は、この原爆の爆心地そのもののこの場所で、この建物の内部の人たちがほぼ全滅したのは原爆以外の方法によるものではないかと疑っています。

 

原爆ドームです。

公式の情報では、この原爆ドームの頭上600メートルで原爆がさく裂したとされています。

 

はたして、実際の原爆ドームの破壊状況からその公式の説が間違いがないものだと感じるでしょうか?それとも、何らかの疑いが浮かぶでしょうか?

 

原子爆弾がさく裂したのは、相生橋よりやや東南の島病院付近高度約600メートルの上空で、そこで核分裂爆発を起こした、とあります。事実上原爆ドームのほぼ真上という設定です。

 

 

 


その原爆がさく裂して起こされたその被害状況をまず
見てみましょう。

 

 

広島市内のこれだけ広範囲の地域が全焼しています。爆心地から同心円状にほぼ2KMです。縦横に、ほぼ4KMの距離です。とてつもない面積、広さが全焼です。

それを写真映像でみるとこのような状態です。視界に入る地域全体が壊滅、荒野になっています。

 

なぜ、この原爆ドームは完全に消滅しなかったのでしょうか?

なぜ爆心地近くの建物がこれほど残っていて、爆心地から遠くかなたの建物がことごとく消滅してしまっているのでしょうか?

全焼地域がこれほど多く、見渡す限り荒野となっているこの爆弾一発の威力は、爆心地の真下の建物をこれほどきれいに残す程度のものなのでしょうか?

私が、今回初めて広島、原爆の爆心地を訪れて、この原爆ドームを間近に見た時に感じたのはこの違和感でした。
 

 

原爆地上起爆説というものが存在しています。この広島で起きた戦争の悲劇が、私たちが教えられている内容とは相当に違うということを示唆している説です。

この原爆が実は地上でさく裂したらしいという説があることを念頭に、この建物を見てみましょう。

 

 

原爆ドームの破壊状況の詳細な分析

原爆ドーム、元々は、このような外観だったそうです。正面を除いた三方が長方形の箱型の構造物になっていて、中央が中庭、正面はタワーと二つの箱、正面の小さな箱でできています。

 

 

こちらが、現代の上空からみた写真です。

 

こちらが、現代の上空からみた写真です。

外壁部分が崩壊しています。

後ろの箱が完全に崩壊。

正面から見て右側の箱も完全に崩壊。



左側の箱は正面の外壁を残して崩壊。

 

 

ドームは綺麗に崩壊して、骨組みだけになっています。
その下のタワーはほぼ無傷です。



そして、建物全体の一番低い部分はほぼそのままのこっています。

 

 

 

こちらが原爆投下からあまり時間がたっていない白黒写真です。がれきがそのままになっています。

 

まず一つ目の疑問は、上空からの爆発でこういった状態で建物が残るのか?という点です。

 

 

原爆ドームの建物を近くから見た写真がこちらです。


これは一階部分です。実際一階部分は全般に残っていますが、黒い焼け跡が上っ面だけのダメージに見えます。
 

建物の裏側も。

タワー部分は外側がほぼ無傷に見えます。

 

タワーの内部の様子、レンガの状態です。


黒焦げで破損しています。

違和感を感じます。
 

タワーの外側が綺麗な状態で、内面のレンガが破損して焦げている?



箱型構造物の内部でも、焦げ跡と、レンガの破損です。
 

内部が焦げているタワー構造物の綺麗な外壁。

 

違和感です。

なぜか建物の内部の方が高熱や爆発によるダメージの痕跡が明確にあるように感じます。

 

もう一度古い写真です。
内部から焦げあがっている様子です。

外壁は比較的ダメージが少ない。
内部の燃焼でできた煤が外壁についたのではないか?

内部の黒さと外壁の白さのコントラスト。

 

現在の同じ場所の外壁の様子との比較。

黒ずみさえ、爆破直後の写真には見られていません。黒ずんだ現在の状態は、時間がたってつけられたものです。

 

この原爆ドームの破壊は、主に、内部からの爆破によってなされたものではないのか?

 

内部からの爆破があったとすると、この外壁のつるんとした状態、内部のレンガが破壊されている状態、真っ黒に焦げ付いている状態の説明がつきます。



広島の原爆と呼ばれている大量爆発破壊事件の真相は、一発の爆弾によるものではなく、大量の爆破物による破壊工作だったのではないのか?

 

その被害は、一発の強力な爆弾がこの建物の真上500Mでさく裂、半径2KMに及ぶ広島の土地を全て荒野に変えていったという現象だとは思えません。

 

原爆地上起爆の痕跡

次に、原爆地上起爆説の観点での痕跡を見ていきましょう。2つのクレーターが河岸沿いにできています。

2つのクレーターが河岸沿いにできています。

これは、被爆直後、午前10時頃に向こう岸からこの原爆ドームと川を目撃した様子です。
水の竜巻が柱のように上ったといいます。

 

クレーター


そのすぐ近くにある燃料会館は、少なくとも外壁はそこまでのダメージではありません。

しかし、原爆ドーム同様に内部は黒焦げになっている様子です。

 

あたり一帯が瓦礫になっています。

焼け野原の航空写真。

 

午前10時、原爆投下から2時間経った頃の様子を伝えるイラストです。この時周辺は大火事の真っただ中だったといいます。

このイラストの様子を信頼するとしたら、原爆がさく裂したその瞬間では、建物は吹き飛ばず、原爆ドームのドームや建物も吹き飛んでおらず、猛烈な大火事がその後発生して、焼き尽くしてしまった。
 

原爆ドームの建物、外壁が残るような爆発でその後、内部のレンガが破損し焦げ付くような爆発がおきた?


複数の爆弾によって捏造された大量爆破工作作戦。

爆破によってできたクレーター


原爆は飛行機に乗らず、船と水が必要だった?

原爆の運搬と爆発に水が必要、あるいは、少なくとも当時は確実に必要という話があります。

このアインシュタインからルーズベルトへの手紙、新しい兵器は船で運び、港を破壊する力を持つが、航空運送では重すぎるという記述です。

このアインシュタインからルーズベルトへの手紙、新しい兵器は船で運び、港を破壊する力を持つが、航空運送では重すぎるという記述です。

 

日本でも原爆の開発が進んでいたというのは有名な話です。実際、この科学雑誌の権威Natureには、日本の理化学研究所で原爆を開発していた仁科達の論文が掲載されています。日付は1940年7月6日です。広島への原爆投下の5年も前です。

表題は
「高速中性子によって生成されるウランの核分裂生成物」
とあります。これは核実験が行われたという意味です。
 

この仁科の原爆の研究に関して、仁科と同じく、理化学研究所に所属していた槌田敦という物理学者が明確に、水で爆発させる原爆が日本で開発されていたと述べています。

「ルーズベルト大統領に原爆開発を進めたアインシュタインとシラードの手紙ってやつです。

そこの手紙の中になんて書いてあるかというと、ウランを用いると原子爆弾が作れます。その原子爆弾ていうのは、重くて飛行機では運べないかもしれません。

 

ウランで作った核兵器を持ってきまして、それを水の中にドボンと漬けるんです。さっきの話です。水が入ってきたら爆発するんです。だからこれが原爆の規則的な考え方なんです。

それよりもう少し後に発表したのが、理研の仁科、武谷です。で、仁科原爆というやつですね。仁科原爆というのは濃縮度10%、濃縮度10%で作るんです。

その計算をしたのが武谷三男さんです。10%でできるちゅうわけです。60%じゃないんです。

で、その10%でできる原爆っていうのがなにかっていうと水を使う原爆なわけです。要するに先ほどのアインシュタイン、シラードの言ったその原爆ですよねそれをもう少し具体的に考えたのが、仁科、武谷。」

 

そして、この原爆の原料であるウランは日本でも埋蔵される場所がありました。それは、仁科の故郷の岡山にある人形峠です。

公式には戦後原子力発電所のためにここのウランが使用されるようになったといわれていますが、戦時中あるいはそれ以前からウランを採掘し使用していたことを、隠蔽、歴史を捏造する事くらいはたやすいことでしょう。
 

さらには使われた兵器が原爆ではなくその他の爆弾だったのではないか、あるいは、原爆が使われたとしても威力が不十分で、それ以外の爆弾をやはり水際で使用したのではないか、という疑いもあります。

広島の原爆はピカドンとも呼ばれており強烈な光と熱線が発生しています。マグネシウムによる爆発は強烈な光を正にピカリと発生させます。

 

さらに、ナトリウムも水に入れるとこのような反応を起こします。

強力な兵器となりえますし、その雲の湧き上がり方は原爆の雲と酷似しています。

 

そして、ウラン自体が水をかけるだけで核反応を起こし大爆発を起こします。

 

物質の化学反応を利用した爆弾は比較的簡単に作る事ができ、広島の原爆被害の地図を見るとさらに興味深い事実が沸き上がります。

町全体をたくさんの川が通っている水路の町だったのです。
 

広島の街を複数の爆弾を使って、それも非常に強力な複数の爆弾を使って、灰燼に帰すといったことを考えた場合、これらの川を利用して、ウランによる原子力爆弾も含め、一斉に発火させるような破壊工作をした可能性があります。

 

本当に強力な、広島全体を一瞬で荒野に変えるような兵器は存在していなかった、あるいは現在でも存在していないのかもしれません。

そう、核兵器や原子力発電といった情報自体が捏造で嘘であるという説です。

核兵器という概念があって初めて、戦後から始まった米ソの冷戦と、核兵器による各国市民に対する脅迫は成立したのです。

その対立を作り、世界中の市民を脅すために核兵器という存在が必要で、そのために、広島と長崎の大量殺戮を、別の方法で捏造したのではないか?
 

この原爆投下の当日に、広島市の上空をB29は飛んでいなかったという話もあります。

まずはこちらのはだしのゲンの記載です。

はだしのゲンの作品中、B29が描かれているシーンはいくつかあり、その一つがこちらで、ある一つのシーン以外、B29が残していく煙の痕は4本です。

ところが、この原爆が投下されるというシーンで出てくるB29だけは、煙の痕が1本です。B29は煙を4本残すのに。
 

本来4本の煙の痕を残すB29がこの原爆を投下するこの場面でだけ、その煙が1本になっています。

 

煙を1本だけ残す飛行機があります。それは日本軍の紫電改です。

 

その紫電改に乗ったパイロットは実際に8月6日当日広島市上空を飛んでいました。その時を回顧したインタビューです。

 

「全然それはもうあの、エノラゲイは見てませんしですね。私は空中からは爆弾落としたとは思ってないんですよ。下から爆発って、なんで何が爆発したかと思って、上を気を付けてませんから、全然知りませんね、B29に対しては。」

 


本田さんはB29、エノラゲイを見なかった。そして、原爆の強烈な爆発は、空中で起きたのではなく、下から起きたと発言しています。

原爆の煙の映像は、それ自体が空中で爆発したものではないという事を示唆しています。


地上で爆発した核実験の雲はこちら。

 

広島の地上500Mで爆発した原爆の煙はこちら。

 

 

日航機撃墜事件で命を奪われた坂本九はアメリカでも「上を向いて歩こう」を含んだレコードジャケット「SUKIYAKI」の写真を撮影しています。

そして、六八九トリオ(ろくはちきゅうトリオ)は作詞;永六輔、作曲;中村八大、歌;坂本九の三人組のこと。

689非常に簡単なアナグラム、数字遊びです。

8月6日 広島に原爆が落ちた日
8月9日 長崎に原爆が落ちた日
 

坂本九のアメリカのレコードの写真。坂本九が上空に指をさしています。腰を掛けているのは、火薬と書かれた箱です。上空に注目しつつ、火薬は地上にある。


8月6日
8月9日
永六輔、中村八大、坂本九の689トリオ

 

 

今蘇ってきた、原爆地上起爆説。
これらが全て、ただの偶然なのでしょうか?
 

坂本九は、運悪く(?)1985年8月12日、日航機123便に搭乗していたため、そのジャンボ機は撃墜されてしまうという形で不審死してしまいました。

坂本九がこの飛行機に乗り合わせていたのは、ただ運が悪かっただけなのでしょうか?それとも、真実を伝えたことで制裁を受けたのでしょうか?

結論は明らかのように思えます。
 

 

一体だれが、原爆を地上で起爆したのか?

 

「この、えー、原子爆弾が、えー
 

投下されたことに対しては、えー
 

遺憾には思ってますが、えー
 

こういう戦争中であることですから
 

どうも、えー
 

広島市市民に対しては気の毒であるがやむを得ないことと、私は思ってます。」
 

 

 

 

 

「上を向いて歩こう」
歌:坂本九
作詞:永六輔
作曲:中村八大

上を向いて歩う
涙がこぼれないように
思い出す 春の日
一人ぽっちの夜

上を向いて歩こう
にじんだ星をかぞえて
思い出す 夏の日
一人ぽっちの夜
幸せは 雲の上に
幸せは 空の上に
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
泣きながら 歩く
一人ぽっちの夜
 

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