働く理由が「生活のため」ではいけないのは、 | 「淡路島のはいちゃんにっき」

働く理由が「生活のため」ではいけないのは、

まいど、灰谷です。

働くことの本質は、誰かの役にたつこと。
自分がお金儲けをしたいと思ったら、
まず自分のことは二の次において、
相手にどうしたら役立てるか、儲けて頂けるかを考えることだと思う。

でもね、そんなことわかっていても
すぐ頭の中から飛んで行っちゃって、
儲かる話はうれしいし、ちょっと経済的な不安が
でると、言いようもないざわざわ感が湧く。
少なくとも僕は、そんな煩悩の塊です。

これはコーチング的にはファウンデーションの問題だが、
かなり磨き上げる必要があると思っている。

仏教的には悟りに近づいていくテーマになるかな?

だから、手っ取り早くは、もしくは第一段階として
経済的な基盤をつくることはやっぱり大切だと思う。

ただ、だからと言って、「何のために働いているのか?」の問いに

「生活のため」などとは考えないでほしい。

少なくとも、思っても言いかえるようにしましょう。

なぜなら「生活のため」をセルフトークして顕在意識で強化すると、

「私は生活のために働く」

「お金がなくては生きてはいけない」

「働かなければいけない」

につながって行くからです。

「働かなければいけない」=「have to」

になった瞬間に、自己選択から受動的・被害者的な立場に
なっていくのです。

「稼ぎがわるいのは景気のせい」
「ほかに働くところがないからがまんしてやっている」
「上司が変わればいいのに」

など、結果として自己肯定感とモチベーションを下げることになります。

自己イメージを高く持ち、豊かに生きるためには
「主体的・自己選択的」立場を取ることが大切です。

だから、僕は「生活のために」やっぱりお金は必要だけど!!

「社会のどんな役に立つのか」

を考え続けていきます。