関節リウマチの薬で、エンブレルという薬があります。
この薬は、生物学的製剤といわれる新しい概念の薬剤で、これまでの関節リウマチの薬物療法とは比べ物にならない、桁外れの抗リウマチ効果を持っています。
僕が医者になった頃は、まだまだ関節リウマチという病気は、医者の目から見ても不治の病でした。自然経過で進行すれば、10年以内に半分以上の患者さんはまともな仕事ができなくなり、経済的に追いつめられます。さらにそれから数年すれば、自分の身の回りの動作ですらおぼつかなくなり、死亡率は健常者の2倍以上、いや、活動性の高いリウマチ患者さんだけで計算すれば、同年代の健常者の実に6倍もになる、恐ろしい病気です。この死亡率は悪性リンパ腫という悪性腫瘍や、重症の心筋梗塞や狭心症の患者さんと同程度なのです。
でも、最近はそんなことはありません。正しく治療していれば関節リウマチは決して無闇に恐れる病気ではなくなりました。それどころか早期に強力な治療を行えば、治癒すら期待できる疾患に変わりつつあります。それを可能にしたのは、エンブレルをはじめとする生物学的製剤です。
最近、「エンブレル投与中に死亡した患者さんが数多く発生した。製薬会社は薬を売り続けるために不当に情報を隠蔽している。医者も同罪だ。」という主旨の新聞報道がなされました。でもこの記事は、この薬が関節リウマチの生命予後を大幅に改善していることには触れず、より煽動的な記事に仕立て上げられています。有害作用については使用成績調査と言って、医師たちはリアルタイムで厚生労働省に報告していましたし、製薬会社もホームページで使用成績調査の結果を公開していました。
エンブレルの有害作用で死亡した患者さんがいるのは事実です。しかし、正直に書かせていただけば、薬物有害作用がない薬など存在しません。そして薬物有害作用で死亡する危険性のない薬など存在しません。薬物の有用性は、薬物の有効性が危険性をどの程度上回っているか、統計学的に比較することで決定されます。スペインでの大規模臨床試験の結果、生物学的製剤は確かに感染症の発生リスクを増大させるけれども、そのリスクを考慮に入れても関節リウマチの生命予後を大幅に改善することが確認されています。また、本当の第一線のリウマチ専門医たちは、この薬を使用することで、どれほど多くの患者さんが救われたかを身を以て知っています。有効性と危険性の両面から公正な報道しなければ、不要な心配を世の中に振りまいてしまいます。
いったいどれだけのリウマチ患者さんたちが、この報道を読むことで不必要な心配を味わったか。正義の味方を気取って製薬会社や医者を攻撃していい気になっているマスコミどものことが、僕は許せません。