誰のせい?
自分と外界の糸を断ち切って孤立することはあまりにも簡単で、そこには無償の行為と事実とは関係の無い成果が待っている。
例えばもうちょっといい音楽を聴いたほうがいい、いい本を読んだほうがいい、いい映画を観たほうが..などと言ってみてもそれは各々個人個人が自分の物差しで計った、自分主義な批評と自己顕示欲にまみれた答えが待っているだけだ。
本物とは偽者があるからこそ存在する。
感動はそこらじゅうに溢れているけど実際は温度差がかなりあって、無気力で無機質な感動もそこには存在するん。
疑問を持つことこそがそこから解き放たれる唯一の手段だが、そこだけに固執していると単なる批評家となんら変らない非実行者になる。
大衆の求めるものと自分のやりたい事はずれていて当然でそれこそがダイナミズムだと思う。その距離感をわかっているものだけが空間と時間を制することが出来る。