親父の厳しい話ばかりしてしまったので、尊敬する親父様の名誉挽回のため、すこしコメントを。
親父は昭和一桁の生まれで、学童期を戦時中に過ごした。成績は抜群だったらしいが、家庭の事情で中学卒業後、宮大工の弟子に入ったそうだ。だから、自分の子供には勉強をできる環境をつくってあげたかったらしい。
確かに親父の知識量はすごい。漢字を書かせたら難しい字も書くし、計算も抜群だった。僕が歴史好きになったのも親父の影響。よく、奈良、京都の史跡、神社お寺、古墳などに連れて行ってくれた。もと宮大工なので、特に神社、お寺の造りを語らせたらすごい!解説が本格的で、非常に興味深い。だから、今でも一緒に神社巡り、四国八十八カ所参りをしている。
もと宮大工なので、こどものころから神社では、二礼、二拍手、一礼。家にはきちんと神棚があり、親父の口癖は「お神様のおかげ。」
親父は、近くの神社が台風で倒れそうになったとき、私財をなげうって神社を建て直した。だから、親父が造った神社がある。阿南のこがらす神社がそれだ。
近くの八幡神社の奉納花火大会では、これまた大金をつぎ込んだ。うちの花火は、花火の数、華やかさで群を抜いていたので、いつもトリだった。
親父は人のためには、なんでも喜んでしていた。今も様々なボランティアをして楽しい余生を送っている。僕のボランティア精神も親譲りなのだろう。
この間、電話がかかってきて、「うちの産土神様の鳥居を奉納するぞ!兄弟4人が医者、歯医者になったのはお神さんのおかげだから、みんなでやるぞ!」って。何歳になっても、そのパワーはすごいね。
長生きして欲しいものだ。