■東京六大学の最低レベルの難易度
ここでは、同時通訳は「なぜうまくいくのか」などという某ホラこき協会のインチキにしたがわず、まず、「うまくいかないケース」の代表的なものを紹介した上で、次に、「あたかも同時通訳がうまくいく」ように勘違いする人が多いのはなぜかを説明してきたいと思います。
ちなみに、英語を日本語に通訳するという特定の場面に限定して話を進めることにします。逆の方向の通訳に関する問題は補足的に扱うことにします。
(1) 同時通訳法がうまくいかないケース
(a) 英語は日本語と違って、personal pronounを、それが表している本体を述べる前に使ってかまわない。
日本語の人称代名詞と、英語のpersonal pronounには、決定的な違いがあります。それは日本語の人称代名詞は、本体を先に言及していなければならないという条件がありますが、英語は、本体を言及していなくても先にpersonal pronounを使ってかまわないのです。そして、それは、基本的に多くは、1文内ですが、最大の場合には、パラグラフが終わるまでに本体が何を指しているかが分かりさえすれば良いだけで、本体の言及は必須ではありません。そのためにthemなどを簡単に使われると、「彼ら」「彼女ら」「それら」のどの日本語と置き換えるのかが悩ましい問題になります。この場合、personal pronounとそれが表す本体がコンテクストによって明らかになる時間が長いほど、誤訳や当てずっぽうにならざるを得ず、結果的にはほとんどが訂正されなければならない訳というのが頻出します。
わかりやすい例を挙げましょう。
When she comes late again, I’ll fire Sandra.
これを「彼女がまた遅刻してやって来るとき、私はサンドラを首にするつもりである」と訳してしまうと、「彼女」という問題児の責任を取ってサンドラがとばっちりを受けて首になるように聞こえてしまいます。日本語では本体の言及が先にならないとおかしいので、「サンドラがまた遅刻してやって来るとき、私は彼女を首にするつもりである」というようにすれば、とぱっちりを受ける可哀想なサンドラはいなくなります。
もう一つ例を挙げましょう。
If you work in an American hospital, you’ll definitely recognize them.
「もしアメリカの病院で仕事をしているならば、間違いなく[彼ら、彼女ら、それら]を見たら[ご当人、そのもの]であると分かるであろう」
となりますが、このthemがパラグラフの終了までに何を指しているか明確になるコンテクストが生じない限り、themの日本語の置き換えには、当てずっぽうが伴います。間違いを一切したくない場合には、言及を遅らせて、そのぶんだけ聞き手には、言及を遅らせた人間がバカか具合が悪いか、マイクが故障しているか、何らかの問題を意識させられることになります。
personal pronounが、コンテクストが、それが表す本体が何であるかが明確になる前に使われる場合は非常に多いので、この場合には同時通訳方式は、確実に失敗します。
(b) 英語は多義語が極めて多く、主部の意味の強力なヒントは述部が持っていることが多い。
このパターンが当てはまる文はたくさん考えることができますが、とりあえず、わかりやすい例を取り上げることにしましょう。
The wisest person can sometimes make the greatest and most horrible mistake.
これはよくあるパターンで、述部の情報を元に、主語のthe wisestの直前にevenが省略されているような意味になっていることを見抜かなければいけません。しかも述部もmake the greatest程度を読んだだけではそのような意味理解にはならず、述部がきちんと完結するmistakeまで読まなければそのような意味理解にはなりません。greatestを見ているだけでは「最も偉大な」などと言うトンチンカンな意味で拾ってしまう可能性があります。
間違っている訳は
×「もっとも思慮深い人が、ときどき最大級のしかももっともひどい間違いをすることができる」
です。それに対して、述部の情報をきちんと反映させる訳は
○「もっとも思慮深い人でさえも、ときどき最大級のしかももっともひどい間違いをする可能性がある」
です。これ以外にも例は山ほどあるので、同時通訳法は、必ずと言って良いほど、主部と述部で分断して、それぞれ別に英語に置き換えることを勧めるので、英語理解の基本に反する方法を行っていることになるのです。
(c) 英語はtopic sentenceというものが含まれる場合があり、その意味は対応するsupport部分と照らし合わせをしなければ、正しく意味を取れないことが極めて多い。
これはThe Economist紙の記事が、膨大な証拠を提供してくれます。最低限でもパラグラフ全部を照らし合わせる情報として使わなければ、topic sentenceの正しい訳にならないことは、このブログでいやというほど確認してきたはずです。
(d) 英語はnotが単に述語動詞を否定しているのか、述語動詞にかかっている修飾語句を込みにして(基本的には副詞節)否定しているのかによって、大きく意味が異なり。このいずれが成立しているかは、コンテクストから判断するしかない。
前に紹介した簡単な例をもう一度紹介しましょう。
He didn’t marry her because he loved her.
この文はnotをmarry herだけにかかると見なし(because以下は文修飾すると判断してnotの影響を受けないと判断する)方法と、because節がmarry herにとっての修飾語句と見てnotがこれら全体を否定すると見なす方法と2つあります。
最初の理解の仕方によると
「彼は彼女と結婚はしなかった。なぜならば彼は彼女を愛していたからである」
となります。
2つめの理解の仕方によると
「彼は彼女を愛していたから彼女と結婚したわけではなかった」
となります。
そして、これらのどちらになるかは、カンマの存在などはどうでも良く(The Economistの記事でそのことを確認したばかりです)、肝心なのは、コンテクストなのです。
この後の記述というコンテクストで、「彼は恋愛と結婚とは別物で、結婚は恋愛の墓場と信じていたのだ」というものがあれば、最初の方の理解のしかたが妥当です。
それに対して、この後の記述というコンテクストで、「彼は銭が目当てで、彼女のことを好きとはほとんど思っておらず、お金を愛していたのである」というものがあれば、2つめの理解が妥当になります。
これがどちらのパターンになるのがふさわしいのかは、その後のコンテクストによるわけですから、「その部分の返り通訳」なる不可能な技を使わざるを得ません。
(e) 英語は1つの語句に複数の意味を重ね合わせて表現することが、多義語の豊富な特長を活かして、可能であり、その複数の意味の両方なのか、片方なのかが、即断できない場合が多く、結局大きなコンテクストで判断するしかないから。
これは、ポール・クルーグマンという有名な経済学者が、多義語の豊富であることを利用して、全く異なる2つの話を展開しているものをニューヨークタイムズの彼のブログから、このブログで紹介したはずです。この場合、1つの話だけにすると、何を通訳しているのか不明になることは明白であることは言うまでもありません。
他にも、京都大学が出題した文章にメイトロンという人物(これは役職名なのでしょうが)コンテクストが不十分で、「寮長」や「看護婦長」のいずれであるかが明らかでなく、どちらを選んでもあまりにも意味が違いすぎるので、固有名詞として使ったものです。これも、オリジナルの京都大学の出題部分ではなく(この部分には致命的な英語のミスが書き換えた出題者によって挿入されています)、対応する部分のkindle版(これはいまでもアマゾンのサイトで参照できるはずです)を使って説明したものです。音楽の話題と人生の生き方とを同じ文章で引っかけて表現しているものですが、これも片方の意味だけを拾うと間違いになります。
このように、同時通訳法が不可能である英語というのはたくさんあるのです。
(2) 日本語を英語に通訳する際の問題点
この次の内容は、次の投稿で説明したいと思います。