メンバーブログ2【松田明典】 | BRAFT

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こんにちは、松田です。

さて、メンバーブログが一巡し、次の新しいテーマでブログを書いていきます。


次のテーマは「学生時代に打ち込んだこと」です。


メンバーが学生時代に打ち込んできたことを日替わりで熱く(?)語っていきます。


さて、トップバッターの私が学生時代に打ち込んだことですが、実は大学生活の大半を捧げたティップネス池袋でのエクササイズスタッフとしての勤務がそれに当たるのですが、前回のブログと同じような内容になってしまうので、今回は高校時代のことを書くとします。

私は、都内のとある中高一貫の進学校に通っていたんですが、そこで小学校から続けていたサッカー部に所属していました。

ただ、そのサッカー部は当時、「都内で弱い方からベスト16」と部員たちが自虐的に言うほど弱いチームでした(苦笑)。私は編入でその中学に入ったので途中からサッカー部に入ったのですが、GKという特殊なポジションゆえにあまり競争率も高かったおかげで瞬く間に先輩を差し置いてレギュラーになれてしまい、のほほんとサッカーをしてました。

当時はそこまでサッカーに対する情熱もなく、それでもレギュラーだったので完全にナメでた部分があり、部活の練習もサボったりであまりいい部員ではありませんでした(^-^;

そんなダメ部員には当然天の裁きが下ります。

高校2年の時、3年生の先輩たちの引退がかかった試合に寝坊してしてしまい慌てて試合会場に向かい、ウォーミングアップも満足にしないまま試合に出たのですが、プレー中に相手選手と交錯して足首の靭帯を損傷する大怪我を負ってしまったのです。

私はそのまま退場し控えのGKに代わることになったのですが、その後チームは点を取られ都大会の予選を敗退してしまいました。

その試合後、引退が決まってしまった先輩たちに申し訳なくて人目もはばからず泣いたのを今でも覚えています。

その出来事をきっかけに態度を改めようと心に決めたのですが、そこからしばらくは松葉杖生活になり、今度は態度を改めても部活に出ることができず悶々とした生活を続けていました。


ここで初めてサッカーがやりたくてもサッカーができないという想いを味わいました。

その当時、リアルタイムで流行っていた漫画でバスケ漫画の「スラムダンク」という作品を読んでいて、そこでミッチーこと三井君の「先生、バスケがしたいです(T-T)」の名台詞に勝手に自分をダブらせ、余計にサッカーに対する情熱が盛り上がっていきました(笑)


「安西先生、俺もサッカーがしたいです(ToT)」

(っておまえは関係ねーだろっ!)


今思えば、そこからミッチーとは違う松岡修造的な暑苦しい松田の誕生
に繋がって行ったのだと思います(苦笑)

ようやく松葉杖とリハビリを経て元のようにサッカーができるようになった時にはすでに3年生になっていました。3年生は普通は夏合宿の前の都大会の予選に敗退したら引退なんですが、自分は都大会予選敗退後の合宿まで参加し、今まで無為に過ごしていた時間を取り戻そうとひたすらサッカーに打ち込みました。


GKという特殊なポジションの練習方法はクラブチームや強豪校じゃないと確立していなかった為、色んな本を買って参考にしたり、自分の地元だった柏レイソルの練習場に行ってゴールキーパー練習をビデオに撮ったりして練習したものでした。


今までやってこなかった「打ち込む」ということをここで初めてしたと思います。


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高校の卒業アルバムに載ったサッカー部時代の松田

(垢抜けなさ過ぎてて笑えます)


今でも「なんでもっと早く気がつかなったのだろう」と後悔する部分も大いにありますが、あの怪我によって気づかされたことが、自分のその後のスタンスや生き方にも影響を与えたと考えるといい経験だったと思っています。

大学に行ってまで部活に入ろうと思ったのも、そして前のブログで書いたフィットネスの勉強をしだしたのも、全てはあの時の苦い経験があったからですから。

そんな訳で実は今でもサッカーに打ち込める環境ができるなら、今の仕事辞めてでもサッカーをやりたいくらい未練タラタラです(T-T)

ですが、さすがに私も今からプロになれないことは200%分かっているので、その夢は生まれ変わった次の人生で頑張るとします(笑)

という訳で長くなりましたが、私が学生時代に打ち込んできたサッカーについて語らせてもらいました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。


いつかBRAFT企画でサッカーはできなくてもフットサルとかみんなでしたいな~って思ってます。



松田明典