「同じ母から生まれたのに」――カイン・コンプレックスをめぐる話
文:Kim Pitt
子どもを愛する気持ちは、誰にでもあります。
けれど、その愛が「比較」という形に変わったとき、
そこには見えない傷が生まれます。
兄が褒められ、弟が叱られる。
そのたった一言が、子どもの心に深い影を落とすことを、
私たちはよく忘れてしまいます。
💧 差別の中で育つ心
大学で「コンプレックス」について講義をしていたとき、
21歳の学生が相談に来ました。
彼は母親のえこひいきに苦しみ、
兄と弟に対して複雑な感情を抱いていました。
兄は国立大学を出て教師に、
弟も同じ国立大学の教育学部に通っている。
彼だけが東京の私立大で経営を学んでいました。
母親はいつも言いました。
「同じお腹から生まれたのに、どうしてこうも違うの?」
その言葉は、彼にとって存在を否定されるようなものでした。
⚡ 言葉の勇気
私は彼に言いました。
「次にそう言われたら、“じゃあ種が違うのかもね”と返してごらん。
ただし、お父さんか兄がいる前で。」
二週間後、彼は笑顔でやって来ました。
「先生、本当に言いました。」
家族がそろった食卓で、母がまた同じ言葉を口にしたとき、
彼は勇気を出して言ったのです。
「じゃあ、種が違うのかもね。」
沈黙のあと、母は小さく言いました。
「ごめんね、私が悪かった。」
それ以来、母はもう二度とその言葉を言わなくなりました。
🌱 言葉は刃であり、癒しでもある
今、彼は卒業を控えています。
親の一言は、子どもを輝かせることも、
深く傷つけることもできます。
「同じお腹から生まれたのに」ではなく、
「もう一度やってみよう」――
その言葉が子どもの人生を変えるのです。
🕊️ 結びに
家庭は、愛を学ぶ最初の場所。
子どもを比べるよりも、
その存在をまるごと認める言葉こそ、
心を育てる一番の力になります。
愛は「比較」ではなく「理解」から始まる。
そして、その理解の言葉が、
子どもを、家庭を、そして社会を
少しずつ温かくしていくのです。
💭
今日、あなたのそばにいる誰かにも、
そっと伝えてみませんか。
「もう一度、やってみよう。」と。