ご存知、日本の最北稚内。実は、日本国内で最も外国に近い街でもあるのです!
島国の日本には国境はありませんが、隣接する外国として、北にロシア、北西に韓国、西に台湾があります。
さて、それぞれの外国への距離を見てみます。
①日本最北端の稚内(宗谷岬)からロシアのサハリン最南端までの距離は約43キロ
②対馬から韓国までの距離は約50キロ
③日本最西端の与那国島から台湾までの距離は約110キロ
ということで、稚内からロシア(サハリン)までは、対馬から韓国よりも近いのです!これが稚内が「日本で最も外国に近い街」「国境の街」と言われる所以です。天気のいい時には、宗谷岬から、ばっちりサハリンが見えます!

こうした地理を反映して、かねてから稚内からサハリンまでの航路がありました。なかなか採算が合わないようで、稚内市が補助金を注入してきたのですが、今年度(2018年度)からは、補助金支給を停止したため、存続が危ぶまれました。しかし、サハリン側が全額負担を申し出たため、急転直下、運航が行われました。
2018年8月から9月にかけて運航を行い、16往復32便で、678名の利用だったようです。当初800名の利用を見込んでいたそうですが、台風による欠航や震災の影響で150人近いキャンセルがあったとのこと。運航終了後、運航会社の「北海道サハリン航路」の社長と専務が引退を表明し、来年度については全くの白紙の状態のようです(稚内プレス、2018年9月22日)。
実は、稚内からサハリンまで、他の行き方がないわけではなく、新千歳空港からユジノサハリンスクまで直行便があり、稚内からも、ANAで新千歳まで行き、乗り換えることで行くことが可能です。
あとフェリーの場合、どれだけ車両を搭載できるかが利益に直結すると思われますが、稚内・サハリン間でさしたる需要もないのかもしれません。
ただ、歴史的には、稚内とサハリンのつながりは深く、南サハリンを日本が統治していた時代には、航路があり、まさに稚内はサハリンへの玄関口でした。映画「北の桜守」にもありましたように、日本の敗戦に伴って本土への引き揚げが行われた際、多くのサハリン出身者が稚内に到着し、そのまま稚内に定住した方も多かったそうです。このため、稚内の人口が増加し、「市」へと昇格できる背景になったようです。
こうした歴史を反映し、今年5月に稚内市に「樺太記念館」がオープンしました。まさに日本統治時代のサハリンに関するさまざまな展示があります。この紹介動画も作成しましたので、ぜひご覧くださいませ。特に館内で見ることのできるビデオは名作です!
近年、「国境研究」(border studies)という研究分野が出てきたそうですが、まさに稚内は、格好の研究対象ですね。多くの研究者のお越しをお待ちしております!