入国間もなく、やっておかないといけないことの一つに
滞在許可証の問題がある。
イタリア語で"Permesso di soggiorno"と呼ばれる一枚のカード。
クレジットカードくらいの大きさの、プラスチック製のICチップ入りのカードの取得だ。
イタリアにいる外国人は、このカードが喉から手が出るほど欲しい。
イタリアへ来るのは簡単だ。
入国規制や内政干渉を極度に警戒するような国でなければ、
日本国のパスポートを持っている限り入国は容易だろう。
(ちょっと別の話だけど、この日本政府発券のパスポート。世界で一番欲しがられる旅券らしい。笑 これだけでも中国人相手などには高く売れるとか、売れないとか。。。?
ここに住んでいる日本人はだいたい大きくわけて、3種類に分かれる。
一つは、法人企業もしくは外国企業の海外赴任先としてイタリアの支社・支店へ配属される場合。
だいたいこの場合は会社が就労ビザから滞在許可書などに至まで全てを手続きしてくれる。
家族がいる場合は、もちろんその家族分も支給される。これは完璧だ!!なんの心配もない。
二つめが、イタリア人と結婚した場合。
細かい手続きや申請なんかの詳しい事はわからないけど、これもまず離婚しない限りは安泰だろう。
そして三つめ。学生ビザ、もしくは観光ビザで入国しそのまま不法滞在しながら、滞在許可書の発行を待っている場合。
三つめがヤバい!!
イタリア料理修行や、芸術の分野(絵画、彫刻、あとは音楽や建築など)を学びに単身で乗り込んでくる場合はほとんどがこれだ。
この分野に関して
これと言った明確な滞在方法が示されていない。
だから、みんな最初は
観光か修学どちらかの短期ビザで入国してくることがほとんどだ。
この最初のビザが切れるまでの間に
どこかの会社に運良く就職できた場合、だれか強力なパトロンやパートナーに巡りあえれば、その人はよほどついてる人
新たに就労ビザに切り替えてもらえたりすれば超ラッキー

しかし、そんな事はまずあり得ない。
それこそ、奇跡に近い!!
大半は、不法滞在者としてビクビクしながら、自ら申請した滞在許可書が出るのを待ちながら毎日を過ごす。
ただ、
みんなわかっている。
個人が通常の申請の手順をたどった場合、ほぼ間違いなく滞在許可書は出ない!!
それでも、
彼らは
ただこうして正規の方法で滞在許可書がでるのを、
待つことしか手段がないのだ。
もちろん不法滞在期に警察に呼び止められでもしたら、即刻強制送還だ。
もう二度とイタリアへは入国できない。
さらにビザが切れた状態でイタリアにいるということは、
次の何らかの滞在許可延長の記された正規書類が揃わない限り出国もできない。
イタリアを出る際にパスポートを見られたら最後、たとえ次が観光だとしてももう2度と再入国は出来ない!!
この期間を経験した人によると、この間は生きた心地がしないらしい。。。
今日をどう生きるか!?
夢や野心どころではない。。。
ちょっと、前説が長くなってしまった。。。
今日の話は僕がその滞在許可書を作りに言った時のことについて。
この時、見たもの体験したものは
どうしても忘れたくない!!
そこであらためて、思い出して文章にしておくことにした。
滞在許可書の申請用紙は郵便局に行けばタダで貰える。
申請自体もお金を払えば誰でも出来る。
面倒なのがその後。
申請後、郊外にある”クエストゥーラ”と呼ばれる
”外国人警察”に郵便局で申請書と引き換えに貰った申請照明、その他いろいろ面倒な書類を十何部。
これを全て揃えて持って行けば本提出となる。
その時、直近3ヶ月以内の顔写真と指紋も採取される。
それが終われば
後は、ただひたすら出来上がるのを待つ。
僕らの場合はここまで弁護士さんが全てやってくれた。
幸いなことに会社が雇った弁護士さんや会計士さんのコネと仕事の早さで面倒な一切なし。
受け取りまでがスムーズに進んだ。
イタリア社会は”コネ社会”というのは、早くも随所に現れている!!
これが法人(支社・支店など)がここにある強みだ。
たいていの日本企業、外資企業の赴任で来ている人は、この部分でかなり優遇されている。
その数ヶ月後、
僕らは無事受け取りとなった。
完成後の受け取りは必ず本人が決められた日時・時間にこの外国人警察まで取りに来なければいけない。
こればかりは、
大企業に勤めていようが、どれだけお金を積んでいようが基本的に例外はないようだ。
僕はその時、初めてこの外国人警察を訪れた。
中心地から地下鉄やバスを乗り継いでも約1時間半。
移動だけでも、けっこうな時間を使う。
時期は夏だ!!
まだ始まったばかりだがイタリアの夏は暑い。。。

日本よりも日照時間も長い、日差しの強さもかなり強い気がする。
日中、40度を超えることだってよくある。
そんな暑さの中、1時間半かけてやってきたここ。
それからは何度かここへ来る機会があったけど、
初めて来たときから
ここの異様な光景は、好きにはなれない。。。
少なくともヨーロッパさは微塵もない。
たぶんここだけ見た人は、イタリアとは思わないだろう。
有刺鉄線と鉄格子で囲まれた、3階建てほどの建物。
周りには何もない。 茶色い枯れた原っぱが広がる。
一部、何やらテントやトタン屋根の目立つ集落のようなものが見える。
(あとでわかったけど、これはジプシーたちの集落らしい。。。ジプシーって固定の集落あるの??)
それ以外には何もない。
道は片側一車線の、ひび割れだらけのアスファルト。車道以外は舗装すらされていない。
やったところで通る車なんてほとんどいないからだろう。
唯一、この外国人警察へ向かうバスが来るだけだ。
正面入り口を抜けると、そこはコンクリートの床と金網に囲まれた広場。
屋根はない。
端のほうに、ぽつぽつと4人がけのベンチが何個か、それから簡易トイレが5つ
並べられているだけだ。
その広場中心から奥へと黄色と黒の警戒色のロープがはられている。
その広場には、今まで何もなかった周囲からは想像もできないほどに、
何百人という外国人がギュウギュウに列を作っている。
見たところ、広場に並ぶ人々はアフリカ系の人たちがほとんどを占めているようだ。
残りがインド系、アジア系の人たち。
不自然なことに、白人はほとんどいない。
(いや、あまりの雰囲気にそう見えてしまっただけか。。。?)
みんな手には申請用紙と書類を持っている。
ただ、いっこうにその列が進んでいる気配がしない。
それでも、だれも文句は言わない。
ただただ直射日光にさらされながらも黙って列をつくる。
おっと、端のほうでは小競り合いがおこったようだ。
喧嘩だ。
しかし止めるものは誰もいない。
中には小さな子どもを抱えた女性もいる。
あまりの暑さににいたるところで泣き声が聞こえた。
その光景を横目に、僕たちは弁護士に連れられ建物の中へ入る。
ちょうど、その裏口の通路が列をつくる人々の先頭正面に当る。
視線が痛い。。。いたたまれない気持ち。
この人たちは、いったいいつからここで、じっと並んでいるんだろうか?
弁護士さんは、平気な顔してどんどん進む。
一瞬、彼らを見たような気がした。
明からさまに、嫌な顔をした。何か汚く、おぞましいものを見るかのような。
あまりに来慣れているのか、うんざりしたような顔でもあった。。。
世界は不平等だ。。。
建物内はクーラーが寒いほどに効いている。
ソファーの置いてある、待合室もいくつもある。
中にいるのは、ヨーロッパ系、アメリカ系の人々。
外では見かけなかった人たちだ。
あとは身なりの整ったアジア系の人が何人か。たぶん資産家の中国人だと思う。
そこで僕らは、ただ座って待っているだけ、
その後、個室へ呼ばれ
滞在許可書を受け取って終わり。
来るように言われた時間から1時間ほどの遅れはあったが、
全体的にはスムーズだ。
受け取りもたった一日で済んだ。
じゃあ、あの外で待っている人はいつまで待つのか??
しばらくたって、自分から聞いたわけじゃないけど
そんな話を耳にする機会があった。
一般的に、弁護士や代理人をつけない場合、
まず最終申請を外人警察に提出するだけでも、何度も何度もあそこへ通うらしい。
書類に不備があるからだ。
そりゃあ、そうだ。
だって来たばかりで、イタリア語が分からないんだから。
申請用紙にはもちろんイタリア語しか書いていない。
さらに、必要な書類や手続きの手引きもイタリア語だ。
ただでさえ面倒くさい役所の申請。
それを、イタリアへ来て間もない人たちが理解できるほうがおかしい。
彼らは何度も何度もそこへ通い
非難され、差別され、
罵倒されながらも完璧になるまで通い続ける。
イタリア語がわからないと思い、酷い言葉もいくらも言われているだろう。
それでも、ただこの国にいたいという思いだけで、そこへ通い続ける。
やっとの思いで申請が済むころには一ヶ月。半年、もしかしたら一年以上経過していることだってある。
それからはただ待つのみ。
申請書類に何の不備もなく、何段階かの審査を通過すれば晴れて滞在許可書の発行だ。
しかし一日に何百人、何千人という人が滞在申請を出すんだ。
そのなかで、コネも金もない人の申請がスムーズに通過していくわけがない。。。

後回し、後回し。
もしかしたら、どこかへ入り込んだまま忘れ去られていることだってあるかもしれない。
それでも、彼らは待つ事しか出来ない。
問い合わせたところで、まともな返答が返ってくるとは思えない。
そもそも、問い合わせるための語学さえ持ち合わせていない。。。。
それでも、万に一つ
もしその申請が通ったとすれば外人警察の掲示板に、通過者の番号が表示される。
僕らの場合、警察から弁護士へ直接通過の報告と、次回のアポイントメントの日取りが伝えられた。
僕らはそれに従い、そこへ行けばいい。
多少待たされても、たかが1時間だ。
しかし、彼らは来る日も来る日も、
その掲示板に自分の番号が表示されるのを待たなければいけない。
いつ出るかわからない、自分の番号を。
来るのかもわからない自分の順番をただただ、願いながら待つ事しかできない。
そして、ついに自分の番号を見つける。
奇跡的な確立で呼ばれた自分の番号。
それを受け取るため、また列へと並ぶ。
いっこうに進むことのない、列に。
イタリアは時間厳守だ。。。といっても自分に都合のいいほうにだけ

警察内で働く職員の勤務時間厳守!!笑
昼の12時ぴったりには、どんな事態が起きようとも、そこで一旦ランチ休憩となる。
たとえ何かの手続きの途中であっても、
たとえ窓口で話している途中でたとしても。
時計の針が12時をさせば、
その瞬間全てが止まる。
並んでいた人たちは一度みな解散。
そして午後の部が始まる頃に、また並ぶ。
もし自分の順番がこないまま夕方の終業時間となってしまえば運がなかった。。。
明日、もう一度出直さなければいけない。
そうしているうちに結局まる3年たっていたという人もいた。
その間は、もちろん不法滞在。
いつ検挙されるかわらない。
その恐怖と戦いながら、毎日を生きる。
並大抵の精神じゃあ、やってられない。
きっと僕ならおかしくなる。。。。
ある人に聞いた
その人は常にポケットにアロンアルファを忍ばせているという。
なぜか?
それは、もし何かのタイミングで警察に捕まりそうになったとき
自分の両手の指にアロンアルファをつけて、手を合わせる。
固まったのを確認してから、一気に手を離す。
そうすれば、しばらくは指紋の採取は出来ないらしい。。。。
それで本当に、万事うまくいくのか。
逃げ延びる事が出来るのか?
それは疑問だが、その気概は半端じゃない。
ただ、
そこまでしても、ここにいたいという何か計り知れない魅力がここにはあるのか。。。??
。。。ちょっと話がずれてしまったが、
この話を聞いたときも、また何かいたたまれない気持ちになった。
あそこも世界の縮図があった??
建物の中と外で、あまりに違いすぎる。
二つの世界を隔てる
境界線は世界のいたるところに引かれている。
鎖国している、いまの日本ではなかなか見る事の出来ないラインだ。。。
もしかしたら
これを読むと、なぜそこまでしてイタリアにこだわるのかという人もいるかもしれない。
そんなに苦労して、イタリアに残ろうとせずに自国に帰ればいいじゃないか!!
自分の生まれ育った国へ。
そう思われるかもしれない。
確かにそうだ。自分の国なら追い出される心配もない。
ただいるだけで逮捕される事もない。
。。。でも、それは豊かな国に生まれた人の考えることだ。
たまたま、安全で快適な生活が保証されている国に生まれた人が考える事ができることだ。
それだけでも幸せである事に、そこにいるだけではきっと気付かない。
自分の生まれた国は、もうすでに無くなってしまった人がいる。
自分が、どこで生まれたのかも知らない人がいる。
自国に帰ったら、それこそ殺されてしまかもしれない危険が待ち受けている人がいる。
国にいる家族を養うために、
言葉も字も分からない国にたった一人来なければいけなかった人がいる。。
そんな人がここに並んえいるんです、きっと。
夢を追って、希望に燃えて
そんなお気楽な事、
言ってられない人がこの世界にはたくさんいる。
ほんとに、この世は不平等だ。。。
それでも
人間なんていい加減なものだ。。。
つい一年前に衝撃を受けた光景も
自分は今まですっかり忘れてた。。。
だから書いとかないと。
また読んだら思い出せるように。
世界がもし100人の村だったら、
普段の僕らが知ってるのはたかが数人だけ。