名古屋の老舗サンバチーム、ウルバナの練習へ行ってきました。
 私が初めて、日本で行ったサンバチームの練習は、このウルバナでした。もう20数年も前のことになりますが。

 ウルバナの練習は、名古屋の中心地、栄のテレビ塔の前の公園でやっているのですよね。
 音に厳しい日本で、野外で練習できるとは、いいですよね。それでも、公園に暮らす人から、「うるさいよ!」と怒られながらやっているそうで、やはり音には気を使いますね。

 サンバが文化として定着しているサンパウロでさえ、ここ数年は、練習場のすぐ近くに住む人が音に苦情を言い出し、モシダージ・アレグレの練習にも、おまわりさんが注意しに来ることがありました。

 いづこも同じですよね。
 そんななかでも、ウルバナの皆さんは、日曜日の午後、楽しく練習をしていて、とても良い雰囲気でした。
 これから夏のイベントが多く、忙しそうです。
 このところ寝ても覚めても羽、羽根、羽根根に囲まれています。
 足かけ17年分の羽根の在庫整理をしているのですが、自分でもあきれるほど羽根があります。

 特に、鳥インフルエンザが発生してから、上質の羽根を入手するのが難しくなったので、最近では、羽根の世界有数の消費国、ブラジルでも、状態のいい羽根はあまりそろっていません。
 それを思うと、長年ずっと買いためていた我が家には、ここ数年、市場からすっかり消えてしまったような見事な羽根が結構そろっているのです。

 下手なブラジルの羽根問屋より、ここ名古屋の倉庫の方が、羽根が豊富にあります。

 もう4日続けて、羽根の整理をしているのですが、なかなか終わりません。

 しかも今日は、気温36度の名古屋。室内にいても、熱中症にかかりそうなほどの猛暑なのですが、そこに羽が私の手に足にまとわりついてきます。きれいな羽さんなのに、「もう暑いよ、羽!」と罪のない羽さんにあたってしまいます。(笑)

 

 

 

 このところ、サッカー観戦とチケット獲得争奪戦、そしてサンバの練習、と続き、なかなかブログが追いついていません。

 今日は、ようやく、サントスFC パウリスタ杯優勝のお話をアップしました。

 3年連続優勝ですから、すごいですよね。

 決勝は、サンパウロFCのホームグラウンド、モルンビ球場だったのですが、こんなにサントスファンが一堂に集まったのは、見たことがないほど、サンチスタ(サントスファン)ばかりだったので、痛快でした。

 我が応援団、トルシーダ・ジョーヴェンの応援席もチームカラーの白で埋まりました。この写真も今度アップします。

 サントスFC、トリ・カンピオン(3連覇)やったね!

(写真は、決勝の開会式)

 今、ブラジルのサッカーシーンで最も活躍しているサントスFCの得点王、ネイマール選手が我が応援団、ジョーヴェンのクワドラ(体育館)へ来る、という噂が流れてから2週間。「えっそんな、超人気選手が来るわけないでしょ」「無理だよ、この試合の忙しいときに」とサントスファンでも、否定する人が多かったほど、嘘か本当か、とぎりぎりまで色々な噂が流れていました。

 でも、ネイマール選手は、本当にジョーヴェンに来たのです!!!
 
 実は2年前、ジョーヴェン恒例のフェスタ・ド・ショッピ(ビール飲み放題パーティー)のときにもネイマール選手は、ジョーヴェンへ来て、壇上でサントスファンみんなに話をしてくれました。
 まだ子供子供していた我が家の息子は、楽屋に入れてもらい、ちゃっかりネイマールとツーショットの写真を撮り、サインまでもらったのでした。

 でも2年前と今では、かなり状況が変わって来ています。
 2年前でさえ、本物のネイマールを見て、泣き出すミーハーな女の子までいたくらいです。

 今や、ブラジル一広告収入を稼ぐ時の男。ペレと並ぶサッカーの王様、とまで言われていて、何しろブラジル一忙しい人物です。

 さらに私が舞い上がったのは、私たちジョーヴェンのコルチ(王室メンバー)は、このイベントで踊る、ということでした!!

 このイベントとは、サンパウロ市議会がネイマール選手に「サンパウロ名誉市民」の称号を贈るというセレモニーです。

 会場がごったがえしては、と公に告知はされず、ジョーヴェンのメンバーとその周囲の人だけに知らされました。

 月曜日の夕方、サンパウロの帰宅大ラッシュの中、私も地下鉄を乗り継ぎ、バスに乗り、大慌てでジョーヴェンに駆けつけました。

 私たちは、そこでメイクをして、サンバ用の服にも着替えなければなりません。あわてにあわてました。

 しかしネイマール選手は、ブラジル一忙しい男。何しろ、この会場にいられるのは、わずか15分だけ、とのこと。ヘリコプターで会場に来て、その後、すぐ広告の仕事で、別の町へ飛ぶ、とのことです。
 それでもネイマール選手は本当に、ジョーヴェンに来ました。

 サッカー場で見るネイマール選手もさわやかですが、ネービー色のスタジャンでジョーヴェンのステージに国歌斉唱の後、登場したネイマールも実にさわやかでした!!



 夢のような時間が過ぎました。

 我がサンバチームが演奏し、踊ったときには、すでにネイマールの姿はステージにはなかったのですが、それでも同じイベントに参加できたこと、とても嬉しかったです。

 ちなみに、サンバの写真を撮ってくれたのは、沖縄サンバカーニバルで頑張っている、しょーこちゃんです。彼女は、サンパウロに宿泊する唯一の日が、ネイマールが来た、というすごいめぐりあわせでした。

 

 

 
 

 昨日はサントスFCのサンパウロ州杯の3年連続優勝でした。
 このところ記念イベントが続き、ブログが追いついていきませんが、サントスFCの前に、もう一つ、オ・ペイシにとって、大事な優勝記念フェスタがありました。

 モシダージ・アレグレの優勝フェスタ。
 今年のカーニバルの結果発表では、審査員が書いた得点表が奪われる、という刑事事件が起き、私たちモシダージ一同は、優勝を喜ぶことができませんでした。

 それから2カ月が経ち、ようやく優勝フェスタが行われました。
 このフェスタには、サンパウロの古いチームで、今年再び1部にもどってきた、ネネ。
 リオの優勝チーム、チジューカ、2位のサウゲイロも来ました。

 どんなに有名なチームが来ようと、この日の一番の感激は、モシダージ・アレグレの今年の優勝曲を歌ったときでした。

 優勝したカーニバルを再現するように、パレードの見どころを次々にステージ上で展開していきました。
 写真は、今年のモシダージのシンボルともいえる、バテリア(打楽器隊)のハイーニャ(女王)、アリーニがスルド(大太鼓)を叩いているシーンです。

 今年の歌をクアドラ(体育館)に集まったみんなで、大合唱をしながら、ようやく、本当に2カ月経ってから、優勝を実感することができました。

 優勝をするというのは、本当に大変なことです。チームの組織力ががっちりと固まり、力をフルに発揮できたチームだけが味わえるサンビスタ(サンバ人)の感激です。

 モシダージは実に素晴らしいチームで、その一員となれたことを本当に誇りに感じることができるフェスタでした。そうチームのほとんどの人が感じることができるいいフェスタでした。

 100周年を迎えて、ますま絶好調のサントスFC。このイベントがあってから、次々に色々と記念行事が続き、なかなかブログで書いていくことが追いつかずにいます。

 サントスFC100周年の2日目は、本家本元のサントスで行われました。4月14日、この日がサントスFC誕生の日ですから、2日目がメインの記念フェスタです。

 応援団トルシーダ・ジョーヴェンからは、7台のマイクロバスが出ました。私は1台目の応援団旗50本やサンバの楽器を積み込んだ1台目のバスに乗り込んだのですが、その前には、もっとすごい車が来ました。

 サントスのフェスタへ行く、というのに、おまわりさんが親切にも(笑)多数、サンパウロからサントスまで護衛してくれるので、本当の先頭はパトカーです。

 でも、私たち応援団の先頭は、街宣車。選挙運動に使うような、スピーカーを積んだ街宣車では、そこには応援団の名誉会長が乗り、スピーカーから響く音楽は、当然、サントスFCの応援歌です。

 これで、道中、応援歌をガンガン鳴らしながら行くのですから、ものすごい一行です。町中の人が、窓から顔を出して、びっくりして見ていました。
 100周年の歴史というのは、本当に素晴らしいことです。

 サントスの町に入ったら、当然、ますますヒートアップします。バスの窓から、花火を上げ、サントス市民と一緒に、サントスFC100周年を祝います。

 サントスFCの球場前から、フェスタ会場のビーチ、プライア・ジ・ゴンザーガまで、大きな応援旗を威勢のいい兄ちゃんたちが振りながら、私たちは歩行者天国よろしく、目抜き通りを封鎖して、応援団でパレードしていきました。

 サントスファンのシタンジーニョ&ショロロやサンババンドが演奏をし、フェスタのトリが、私たちサンバチーム、トルシーダ・ジョーヴェンのステージでした。

 フルメンバーの打楽器隊で、スタジアムでやる応援歌を次々に歌い、踊り、最高の100周年フェスタでした!

 先週のサントスFC100周年イベントは、私たち応援団、ジョーベンのサンバチームのメンバーにとっては、まさに24時間サンバでした。
 4月13日、ジョーベンのクアドラでサンパウロ市内唯一のオフィシャル・イベントとしてフェスタ。サントスの看板選手レオが来てくれました。控室でコルチ(王室)の特権として、私はレオ選手とツーショットの写真を撮ってもらいました! 

 応援歌と花火の嵐。外の花火を見たくても、クアドラ中、ものすごい人で、外に出ることもできず。
 
 バテリア(サンバの打楽器隊)と歌手と共に、私たちコルチは、ひたすらサンバしました。
 翌日14日は、サントスで100周年のイベント。泊りがけになることを予想して、翌日の衣装を持って、クアドラへ行ったものの、夜通しはつらい、ということで、一度は家に帰りました。

 この日は、ジョーベンだけでなく、サントスファン全員が行くフェスタだったので、とにかくすごい人でした。
 サントス100周年、100年に一度の歴史的イベントに立ち会うことができ、幸せです。

 翌日のイベントについては、また書きます。

 2012年4月14日は、サントスFC100周年です。
 13日の夜は、サントスFC応援団 トルシーダ・ジョーベンで、夜12時と共に花火をあげ、バテリア(打楽器隊)で演奏をします。

 サントスFCは、サントス市にあるチームですが、私たち応援団の本部はサンパウロ市内にあり、人口の圧倒的な違いから、ファンもサンパウロ市内の方がサントスより多くいます。

 100周年イベントは、本拠地サントスが中心ですが、サンパウロ唯一のフェスタは、このジョーベンのクアドラ(練習場)で行います。

 このフェスタのために、バテリアの前で踊るコルチ(王室)の私たちは、先週から大慌てです。

 何かというと、何を着て踊るか?

 応援団の男性陣にしてみれば、そんなのは、どうでもいいことなのですが、我々にとっては大問題。何しろ4人いるコルチのメンバーで、統一感を持たせなければいけないわけですから。

 メールや電話でやりとりをして「どうする?」

 サンバチームの活動とは少々違い、サントスFCの100周年ですから、サンバチームの黄色は使わずに、白と黒だけにしようと、ハイーニャ(サンバ・クィーン)と相談しました。

 問題は、制作期間が1週間しかないこと。おかかえのアトリエに駆け込みました。

 100周年まで、あと3日。楽しいフェスタにしたいものです。

 目を開けることもできないほど、土砂降りの中でも、大負けした時でも応援し続けているサントス。100周年の場にいられるとは、本当に幸せなことだと思います。

(写真は、サントスFC対サンカエターノFCの試合前 4月8日)
 

 2012年のカーニバルで優勝した、我がモシダージ・アレグレ。一息ついた頃に優勝フェスタを行うのですが、今年はなかなか優勝フェスタの日程が決まりませんでした。

 それも結果発表の席で、残りの審査結を奪う人がいたため、モシダージはそれまでの得点は1位だったものの、優勝が決定したのか、しないのか、すぐに喜ぶことができませんでした。

 それから1カ月後、モシダージのメンバーには、全審査員の点数とコメントが送られ、モシダージの優勝が正当であることを裏付ける資料が来ました。正真正銘、モシダージが優勝なのです。

 4月21日、モシダージの優勝フェスタが行われます。
 リオからは、チジューカとサウゲイロも参加します。アセッソ(2部)からエスペシャウ(1部)に舞い戻った、ネネも来ます。

 沖縄サンバカーニバルでいえば、この優勝フェスタは、カーニバルのあとの打ち上げです。
 楽しいフェスタになりそうです!
 

 今年のサントスFC応援団のサンバチーム、トルシーダ・ジョーベンでは、17年ぶりに、フリーダンサーのグループ、「アーラ・ダス・パシスタス」が結成されました。

 このパシスタのグループ、チームによって、色々な考え方があり、私がもう一つ出ているチーム、モシダージ・アレグレでは、もう廃止にして10年ほどになります。

 ジョーベンには、このパシスタが出来て、とても華があってよかったと思います。

 このアーラの世話をしたのが、ジョーベンはサンバ・クィーンである、ハイーニャ。彼女はとっても忙しい日程だったのに、よくアーラの面倒をみていました。

 アーラの責任者というのは、衣装を手配したり、みんなが、パレードでうまく隊列を組んで踊るように指揮したり、結構大変な役目です。

 沖縄サンバカーニバルでも、このアーラのまとめがうまくできれば、パレード全体がとてもまとまってよくなるのです。

 写真は、ジョーベンの予行練習、エンサイオ・テクニコでパシスタの女の子たちと撮ったものです。生粋のジョーベンの女の子たちが、このアーラにいたことが、とても嬉しかったです。おそろいのワンピースも、かわいいですよね。