突き詰めた話が自らの虚栄心や依存心を満たすために有用だと判断されてからの好きなものだから そこに至るまでの無理し続けてきた屈辱感が相手の好きなものを非難しても許されるという理解になってしまうんだよね
巷にある価値観や美意識にものを言わせて相手の好きなものを非難するというお得意のパターンはよくある話だけれど ざっくり言えば自分の好きなものも虚栄心や依存心を満たすために有用だと判断されてからのものだから(←ホンネとタテマエがある現実を生きるために発生する心のクセだから)相手の好きなものをとやかく言える資格とかは誰もないよね!?笑
自分の好きなものに誇りと謙虚さを持っている人は自分の価値観や美意識は大切にするけれど自分“だけ“の価値観や美意識で他人の好きなものをとやかくいうなんて興味がないし“あ~それがその人のやり方だったりするんやな!?“的な理解を示すことでそれで話は終わる
理想に逃げたり現実まみれになると偏見は起こるよね~偏見はダメだと言うのはカッコをつけるためじゃなく自分らしさに欠けた立ち回りをしている可能性があるから気を付けろよ!!ってことだと個人的に理解してますにゃん🐱
