
結構な感じで極論してみたけど笑 これくらい思いきった発想を持たないとアッという間に現実まみれになってしまい何をしても満たされなくなり他人のあら探しをして無理して作られた虚像化された自己イメージをキープすることから発生する屈辱感を侮辱というスタイルでもっともらしく晴らそうとすることが生きる目的になってしまう
他人をとやかくいう前にそんなこんなからの自分をキチンと把握して意識的に言動を積み重ねないと虚像化された自分(=0な自分)にいろいろ頑張り経験値的なものを積み重ねかけても答えは0にしかならない。つまりこれが満たされない根本的な原因だと認識しても悪くないんじゃない!?残るのは虚無感&無意味感という不快感とそこに至るまでのストレスに過敏になるしかないもん泣
こんなこと繰り返していても“言動は背後にある動機を強化する“というフレーズからのどんどん虚像化された自分が美化&正当化され そのイメージに一ミリでもハズレてしまう自分が自分を許さなくなってしまう←理想を大切にせず理想に逃げた結果からの自己執着の末期症状
あっけらかんと生きるためには人間の必然をキチンと把握して意識的に言動を積み重ね そこから感じるものを自らの器量や性分とコラボさせながらそれをオリジナルのルールや常識とし結果として巷にあるルールや常識とマッチングしてしまうことを理想の形にすればいいと思うな~(⌒‐⌒)
言い方に語弊はあるけど どれだけイケメン&キュートでもそのイメージにあぐらをかいてしまい頑張ってるフリをしてると(=頑張る方向を間違えると)必ず虚無感&退屈感&無意味感という不快感にストーカーされる
せっかくの容姿を最大限に生かし見てくれる人に夢や希望を与えるきっかけになりたいなら生きるためだけじゃなく生きることそのものに真面目にならないとオシャレな生き方にはならないと思うニャン😸