これって飼い犬に愛される能力があるわけじゃなくて飼い主に愛する能力があるわけなんだよね~。
現実的&具体的に飼い主に即効的&効果的な利益はないけれどキチンと面倒を見て貰える飼い犬は心安らぐだろうし だから〝犬を飼っている人に悪い人はいない〝ってことも基本うなずける
もし飼い主が自分自身であることを諦めていたら そこからのストレスを飼い犬にぶつけるだろうに飼い犬は飼い主になつかない。
これって人間レベルで考えても通用すると思うな~どれだけ何かに秀でて特化していても それを見て感じる側が自分自身であることを諦めていればあら探し的な理解をされストレスからの憎しみ&攻撃性&敵意をもっともらしくぶつけてくる
これを真に受けて無自覚&無認識的に一喜一憂してしまうのは自分には好かれる能力があると勘違いした人がすることで 突き詰めた話が自らも自分自身であることを諦めた人である!!ってことになる
相手が相手自身であることを諦めなかったから自分は愛されている!!って〝ホントーの感謝〝が出来てこそブレない自分になれるだろうしキチンと相手の愛を感じられるから自らも愛する人になっていく
ここらへんをキチンと理解して言動を積み重ねないと結局義務と禁止だけになってしまい心の無い形だけに終始することになってしまう。満たされないのはこんなイメージだからじゃないかな!?
〝充実開花〝を大切にして そこから頑張っても自らが望むような結果が出ないことはある。それはそれとしてキチンと受け入れることで〝自分の人生の成功と社会的成功は別問題〝だとキッパリ自分に決着をつけないと勘違いとそこからの不快感に苛まれ愛する能力&満足する能力は開花しない
派手さを支えるバックボーンにあるのは こんな地味で一人間としてあり続けようとする純粋なハートだと思うニャン(=^ェ^=)
