昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。俄然覚、則 然周也。
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。
Wikipediaより引用。
「胡蝶の夢」
色々な作品で取り上げられるから
タイトルと触りだけは
知っている人も多いと思う。
自分を見失いそうな時
ふと読みたくなった時
目を通すと
ニュートラルな心になれる。
自分の根本を作っている価値観と
とても近い
というか殆ど同じだから
読んでいて安心出来るのよね。
下記が訳文。Wikipediaより引用。
以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。
自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。
ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。
荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。
