涙をソッと押さえてJOAKのスタディオに弾ずるのは、奇しい運命の下に活躍した紅子だった。僅か一旬のうちに、弦三と素六の兄弟と、優しい母と姉とを喪った彼女は、この次の、父の誕生日に集るであろうところの、僅か半数になった家族のことを想って、胸のせまるのを覚えた。
しかし戦死したと思った伊号一〇一乗組の、紅子の大好きな直二兄が、無事な姿をひょっくり現わすだろうことを思えば、いつとはなしに微笑まれて来るのであった。
人間は、それぞれに宿命というものをせおっている。つまり、生まれてから死ぬまでのあいだに、その人間はどれどれの事件にぶつかるか、それがちゃんと、はじめからきまっているのだ。
運命はふしぎだ。
その運命のために、われわれは、思いがけないことにぶつかる。夢にも思わなかった目にあう。そしてたいへんおどろく。
自分の宿命を、すっかり見通している人間なんて、まずないであろう。それが分っていれば、おどろくこともないわけだ。
宿命が分らないから、われわれは死ぬまでに、たびたびおどろかされる。そしてそのたびに、自分の上におちて来た運命のふしぎさに、ため息する。
わが玉太郎少年が、恐竜島に足跡をつけるようなことになったのも、ふしぎな運命のしわざである。