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パンパンパンダのブログ

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決して大きな事故や病気に見舞われたわけではない。
ある日、ふとしたことで気付いたのだ。
僕は記憶を失くしていた。

自分の名前は覚えている。家の場所も、もちろん覚えている。普通に生活する上で困らなかったからこそ気付かなかった。

僕が忘れてしまったのは「友達」だった。

学生時代に必死になって作った友達とは、社会に出た後、ほとんど音信不通になった。
「同期は一生モノの友達となる。大切にしろ。」会社の新人研修でそう言われた覚えがある。
学生時代の友達はそうではないのだという意味だったが、当時の僕にはあまり意味が分からなかった。
今ではよく分かる。
社会に出た途端、皆が余裕を失った。
新しい環境に慣れるため必死で、友達というより仲間に近い意識を持ちながら共に戦っていた。

余裕が出始めた頃に、やっと学生時代の友達のことを思い出した。

それが、きっと普通。

僕はそうはならなかった。
早々に離脱したのだ。社会という環境から、早々に。

掛け替えのない「同期」とやらは、次々と離れ離れになっていった。
それぞれバラバラの環境下に置かれ、共有する悩みも目標も存在しなかった。
ぽつぽつと同期が仕事を辞めていく。
僕がその中の一人になるまであまり時間はかからなかった。

ほとんど家に閉じこもるようになった僕に話し相手はほとんどいなかった。
ネットの世界に逃げ場を求めた。皆が優しかった。
無職であることは伏せ続けた。学生である振りを続けた。

学生時代の友達から連絡が来ることはあった。
仕事を辞めたことを告げると優しい言葉をくれた。
しかし、自然と連絡は来なくなった。
こちらからもする気にはなれなかった。

もう生きている場所が違うのだ。
彼らと交わることは恐らくもうない。


そんな僕が「友達」を忘れたことにすぐ気が付かなかったのは仕方がないことなのかもしれない。

仕事を辞めてから出来た、ネット上の友達のことは覚えている。
しかし、それ以前の友達のことは思い出すことが出来なかった。
そういう存在がいたことは覚えている。
ただ、顔も名前も思い出せないのだ。

友達がたくさんいた覚えはない。
しかし、メッセージアプリに入っている内の100件以上がどうしても思い出せない。
僕にはそんなに友達がいただろうか。
過去のメッセージを辿ろうにも何故か履歴は全て存在しなかった。
削除されたのか、それとも、自分で削除したのか。
考えても分からない。そもそも考える必要もないような気さえしていた。

何故なら困っていないからだ。

友達の存在を忘れてしまったというのに。



-続く-