今思えば庭具もそうだった。
隣に住んでいる俺とあいつの庭は良く見ると同じ物が多く、けれど、俺はそのことを全ての庭具を片付けてから気付いた。
別にそれ自体には「お揃い」なんてドキドキするような意味はなくて、ただ、いいな、と思って真似をしただけなのかもしれない。しかし、仮にそうだとしても嬉しいことには変わりない。自分がいいと思ったものを同じようにいいと感じてくれたことになるのだから。
その世界を飛び出して、別の世界に行こうと誘われた。この世界でやれることはほとんどやった。だから、別の世界に行こう、と。
喜んで手伝うから一緒に行こう、と。
実際に会えるのは年に一度か二度しかない。
けど、ゲームの中で繋がっている。ゲームの中ではほぼ毎日会えるし、週に一度くらいは電話で話したりもする。
その時間が自分には癒しに他ならなくて、特に意識していなくても、その時間が楽しいことに気が付いた。
あれ、自分にとって一番楽しいのは、誰といる時なんだっけ。
もう終わった恋と、始まりの来ない恋。
どっちかを選ぶのならば、後者を選ぶしかない。
好きでもない人に好きと言えたら、きっと好きになれるのに。一歩踏み出してしまえば、一線越えてしまえば、きっと踏ん切りがつく。
これも幸せなんだよね。
きっとこれも。
少なくとも一人でいるよりはずっと。
好きな人がいて、好きになってくれる人がいる。
それが同じ人じゃなくたって、幸せだろう。
俺を許容してくれる人より俺に執着してくれる人がいい。
放任主義より束縛してくれる人がいい。
愛想笑いするくらいなら否定してほしい。
女の子みたいな可愛さは女の子にしか求めない。
男がそれをしたって可愛いわけがない。
依存されるより依存したい。
同じことをしても、片方は可愛くて、片方は苛立たしい。
けれど、後者を大切にしようと思う。
苛立たせてくれる人は家族以外にいないから。
きっと、家族になれる。
失った時に大切さに気付くと分かっているのだから、大切だと思っていない今から大切にしよう。
つまりは大切なのだ。
可愛くはないけれど。