ミルククラウン・オン・ソーネチカ 解釈 | パンパンパンダのブログ

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ミルククラウン・オン・ソーネチカという曲に一目惚れしてしまい、歌詞も意味ありげだったので自分なりの解釈を書いていきます。


だって笑われてるから笑ってみたけど怒らせちゃうのなんで? 
→相手が私のことを笑うから、私も合わせて笑ってみたのに、「何笑ってんだよ」と怒られるのはなんで?

いつも妄想するほどうまくいかなくて「ごめんなさい」ってなんで?
 →こういう風に言ってみようと色々準備してきたのに「ごめんなさい」しか言えない。

ママに見せられないようなくしゃくしゃ頭に許してくださいって
 →髪の毛を掴んで引っ張られ、私はひたすら謝ることしか出来ない。

踏んだ方もそれなり心が痛いとか言ってたの、嘘ですか
→いじめたくていじめてるわけじゃない、お前が悪いんだ。踏んだ方もそれなりに心が痛いんだよ。と言いながらそんなに楽しそうにしているのはなんで?

出来ないそんな才能は無い 
出来ないそんな才能も無い 
出来ないそんな才能なんてどこのお店でも売ってくれないし 
→私には何も出来ない。

天にまします神さまだってこんなガラクタ御手汚しですか
→神様も私を助けようとはしてくれない

わたしだけが知ってる刹那に生まれた小っちゃな戴冠式 
→ミルククラウン(=牛乳に牛乳を一滴垂らした時に出来る水しぶきを王冠に見えるためそう呼ぶ)のこと

ねぇ凛とすましてるお姫様にでも取って代わらせてソーニャ
→肌が白く髪の毛がくしゃくしゃの私が牛乳とそこに出来たミルククラウンにそっくりに思えて、どこかのお姫様になんて言ってみたりした
→ソーニャは誰だろう。タイトルのソーネチカのことだとしたら自分自身のことだろう。

だって嘘ばかりtiny tiny世界に罪とか 
放り出したってそれを恨んだって咎めなんかして損に得に? 
愛を説いて満足気な教科書の慣用句 
禁じてください間違いでしたって
→綺麗事ばかり並べる嘘ばかりの世界で、私に罪があると言われて、逃げても恨んでも意味などない気がする。そんな私を咎めても時間の無駄じゃないの?それとも見下す相手が欲しいだけなの?

待ってどうしてこんなにみじめな態度で許しを乞うのかって 
これがびっくりするほど馬鹿馬鹿しいので立ち尽くして泣いて 
ちょっと膨れて育った自意識まかせに斜めに構えてみちゃって 
空とか仰いでみたけどカラスが芸術的に台無しにした
→惨めに許しを乞うのは謝ることが唯一の選択肢になったからで、私は神に見捨てられたんだなんて自虐的に悟ったフリをしたりして、白い私は空に浮かぶ雲のようだ、と空を仰いでみたけれど一羽の黒いカラスが飛んでいて、まるでそれが私だと言われた気がして、心がまた折れてしまった。

堂に入ったたぬき寝入りでやりすごして石になって息が止まった 
背中に指を指されてる感覚申し訳ないです消えちゃいたい! 
上手に笑うための方法をこそ、教えて? 
汚く濁った願望 取り繕って罪悪隠した
→机に伏せて寝たふりをしてやり過ごした、「寝たふりしてんの?」と叩かれたりしても決して動かなかった。「石化したんじゃない?」と笑われても無視をした。そうしたら言われた。「こいつ死んでんじゃない?真っ白だし」。どこに行っても私の白は奇っ怪に思われる。視線が刺さる、指を指して何かを言われてる感覚が消えない。もう嫌だ、消えたい。

掃いて捨てるほどありふれた無垢な感情の 
何をもってして浄・不浄だって振りかざしちゃって 
清廉ぶってないで解をくださいシスター! 
どうかひとつ平等に見逃してください石ころ蹴ったって
→みんなに悪気なんて全くない。私が普通じゃないだけで。そんな普通じゃない私を差別するのは悪ではないと、悪は私の方なのだと思っているのでしょう? 「人間は何をもって善悪を決めるのでしょうね。誰が悪いなんて存在しないのかもしれません。」なんて綺麗事はいいから答えをちょうだいよシスターさん。


出来損なった愛玩具 色も塗ってくれなかった 
膝を折って耐えていたって助けてもくれなかった! 
あんまりじゃないですか1人ずれてないですかそうですか 
持たざる者が懺悔したって知らんぷりですか
→パパとママの愛で作られた私は出来損ないで、肌に色を付けてもらえなかった。出来損ないの私がひとりで耐えていても誰も助けてはくれなかった。神様も私のことなんて知らんぷりですか。

だって嘘ばかりtiny tiny世界に罪とか 
放り出したってそれを恨んだって咎めなんかして損に得に? 
愛の教典ちんぷんかんぷん聖人の名文句を 
「大げさ」ってつぶやいて簡単なことでしたって

色づいてく花が今日、微笑んだって


こんな感じかなと思ってます。アルビノの少女はそれを理由に周りの人間、恐らくは親からも差別されている。最初の方で「ママに見せられない」は心配かけるからではなくアルビノで生まれたことを嘆くから。出来損なった愛玩具、でそんな感じなのかな、と。
どんなに謝り続けても誰も許してはくれない。神様でさえも。謝る事が癖になってしまってそこに意志を持つのもやめてしまった。
自分を空に浮かぶ雲に例えようとしたけれど、無数にある雲と一羽のカラスでは、やはり私はカラスの方なのだと感じてしまった。白は善、黒は悪ならば私はきっと悪なのだ。
最後の一文は誰か優しくしてくれる人が現れたのでしょうか。それでも、私はそれを簡単には受け入れられない。もしくは、妹か弟が出来たのでしょうか。その子はアルビノではなくて、やはり自分だけが、となったのか。
なんにしろ救われない歌詞に感じます。



実は一度だけアルビノの方に会ったことがあります。近所のコンビニで。
その日は花火大会でした。そのコンビニは花火大会会場の側だったため、普段よりも多くの人が来ていました。
その中である場所だけが明らかに他とは異なる空間になっていました。吸い寄せられるように視線がそこにいきました。そこにいたのがアルビノの女の子でした。髪の毛も肌も驚くほど白く、神々しさまで感じるほどでした。存在そのものがとても儚いものに思えました。その中で赤い瞳が存在を支えているような、そんなふうに感じました。
あれほど綺麗な存在はなかなかないと思いました。
単純に見蕩れてしまいました。
それでも、あの子ももしかしたら差別を受けているのかもしれません。何故なのでしょうか。
何故、人間は誰かを差別するのでしょうか。
・・・特別な存在としてアルビノを認識している私も差別している側に入ってしまうのかもしれません。
それでも差別は嫌いです。受け付けません。

歌詞と曲の対極性がアルビノを上手く表していると感じる歌です。
知らない方は是非一度聞いてみてください!