上位入選すれば表彰式で海さんに会えるぞ
大晦日に亡くなった父のエピソードを書く
ザ・不謹慎!
ま、これも父の遺してくれたものと勝手に解釈
800字という制約がかなりしんどく
何度も推敲を重ね
応募
そして落選
でも表彰式イベント観覧には当選した
飲み仲間であり唯一無二の海友を誘っていざ
一部が表彰式で二部が海さんのトークショー
なのにだ
オープニングから登壇
さらに最優秀作品の朗読
予め録音したのを流すなんてじゃなく
生。しかも2本たてつづけ
NICU(新生児集中治療室)という単語も噛まずに
もう一本、関西弁もわざとらしくなく
・・・流石だわ
女優にして毎朝TVに出てるだけあるす
ナレーターは毎週Eテレ他で培ったにしては
どんだけ練習したんだって
受賞作品を見聞きして
自分が書いたのは主旨が違ったかも
でも結果的には観覧に当選したのだからよし。
せっかくなんで落選作品
さて、いくか
「おおつごもりの父」
父が脳梗塞で入院、姉と母が交替で僕はバイト帰りに寄るのが日課。
俳句や物を書くのが好きなのに書くことや喋ることさえままならない、
さぞもどかしく悔しかったと思う。
僕には父の言おうとしてることが母や姉より少しだけわかる。
うつ病の時に気持ちや考えがまとまらない思いをしたから。
ふと、思いつきタブレット画面で手書き数字を見せると、
何か書こうと指を伸ばす。
そのまま画面に指を滑らせるけど文字にならず。
翌日、百均で筆談器のような玩具を買う。
父の視線の先には天井しかない。
ネット通販で虹の投影機を探す。
クリスマス過ぎに届いたけれど反応してくれた。
門松や注連飾りの玄関を撮った写真、家に帰りたいとごねられる。
普段から両親とは殆ど会話もせず、それは父が入院しても変わらず。
僕は病室に入り手を挙げ、帰る時も「じゃ」位しか。
父は決まって「はいご苦労さん」。
食べられるようになれば家に帰れる、と言う母に、
父は「爽やかに別れたい」。
自分の妻から別れを切り出されたと思ったのか。
今でも鮮明に残ってる。
肺炎など危機的状況も都度持ち直し、少しずつ会話もでき、
リハビリも頑張りベッドの上や車イスに座れるように。
そんな矢先、突然の急変だったので今でも信じ難い。
思えば、センター試験を翌月に控えた孫達、取り巻く状況・環境、、、
入院した月の内、更に年内にけりをつけるのが父なりに出した結論だと。
思うしかない。
これが爽やかにということか。
出来すぎじゃなかろうか。
けりをつけるって、和歌や俳句など「~けり」を付けて終わるから。
俳人でもある父は戦後まもなく新聞社に入社、
校閲部に配属後30年以上一貫して活字と向き合う。
俳句と校閲。
誤字脱字、てにをは、無駄な文章、5W1H、挙げればきりが。
この文章だって赤鉛筆手に嬉々として校正されるだろうな。
この4週間、会話が無くても緊迫した日々だからこそ、
かけがえのない時空間を過ごせた父に感謝したい。
海さんの画像は全て
5月12日付読売新聞朝刊に掲載されたもの




