世界資産家からアイピーエムを習うということ⑤
たまには、世界資産家に出会う前の話をしようと思う。10年以上前の話になるが、まるで前世のように感じるほど、まったく別の私が確かにそこには居る。人は、一体どういうときに世界資産家という稀有な存在に出会うのか、実例サンプルになれば幸いである。当時の私は、まあとにかく瞑想ばかりしていた。瞑想をしてると言えば、まるで聖者のように聞こえはよいが、ただ目をつぶって座ってるだけである。とにかく、瞑想をしだした動機が腹立たしい。整体師をしていた私は、あるスピリチュアルな人達が集う場で、自身の整体の技術を講演することになった。その結果、うちに集まる人は、スピリチュアルに長けた人達一色となった時期があった。そのような方達は、好んで瞑想をされる方が多い。瞑想をしたらいいと言われるが、誰もそれについて的を射た解説はされない。そこで、「まあ、それだけいいものなら、やれば何かしら御利益があるのではないか」と思え、それに「それだけいいものなら、わずかな時間でもご利益があるだろう」と、寝る前に5分だけ目を瞑って座り、あとは「瞑想ちゃんの方でいい感じに宜しくね」という、誠に舐め切った態度であった。しかし、である。瞑想をしだしてから、「何か違うんだよな」という偉そうな感覚があった。対して味もわかってないのに「高いワインは何か違うよね」という感じの振る舞いのようにも思える。いま思うと「自分がやってることが意味がないことではない」とでも言いたいかのような、ある種のプライドともとれるが、私は、どこか「あれ?」という「違和感」に敏感なところがあった。ちょっとずつ、思うこと、感じること、人生の舵を切る手触りの感触などが、違ってくる感じがして、面白いからもう少し続けてみようと思った。時には「今日は、奮発して15分くらいやってみようか」となったり、「もし、1時間もしたら異次元にワープしちゃうんじゃないか」とSF気分で楽しむほどだったが、当時の私が仕事も少なく暇だったことは間違いない。そんなこんなで、気づいたら「瞑想の会」を開くほど、瞑想をしていた。瞑想をしたら、何か映像が見えるという人もいるようだが、私は、瞑想をしても瞼のうらの暗闇が見えてるだけである。でも、その真っくらな瞼の裏に何か見える日がないかと期待しながら、瞑想という寝る一歩手前の何もしない時間を繰り返していた。しかし、明けても暮れても何かわかったようで、何も変わらない人生である。瞑想の会をしていたのに申し訳ないが、瞑想だけでは限界があるのかと思えた。私たちは、何か気づいたり、何か閃いたりすることがある。瞑想をすると、その機会も多くなる。その時には、「これぞ、一生を変える気づき!」のように思えるが、その後の自分を見てもたいして変化もなく、生活水準すら変わらない。一体、いつまで目を瞑れば奇想天外なパラダイムシフトが起こるのだろうか。そんな時、瞑想をしながら私はあることを思った。「この世界に、もっと人生変えるような、すんごいものはないのか?そんなものはないとしても、そのないものが欲しいんだよ」と頭に浮かんだのである。当時の私は、死に物狂いで仕事に賭けて生きてきたのに、借金はあるは、大きな稼ぎはなく、努力してきた痕跡だけは立派に見えるがマイホームもなく、東京砂漠に漂うという結局はダメダメな人生であった。だからこそ、その「存在しない奇跡的なもの」が必要だった。しかし、そんなことを思って目を瞑っても、瞼の裏は、うんともすんとも言わなかった。それで私は、しばらくそんな画期的なありもしない方法を目を開いてリサーチすることにしたのである。私の周りには、スピリチュアルな人達がたくさんいたので、怪しい情報や怪しい書籍は、たくさんあった。それらに今一度、アンテナを張って、もう間違って宇宙人にさらわれても良いというレベルで心を許し、くまなく3ヵ月探した。正確には、2016年の1月~3月までである。しかし、4月に入った時「そんなものは、ない」という結論に至った。もともと無いものねだりをしていたことくらい分かっていたが、宇宙人にさらわれることもなく、気づけば桜が咲く季節になっていた。当時の私は、中目黒に住んでいたので「もう、自分の人生が劇的に変わることなんてない。いい加減、これが自分の人生だと受け入れよう」と観念してお縄につき「こうなりゃ、あとは、この人生を楽しむしかないな」と気晴らしに中目の花見に繰り出すため友人に声をかけることにした。悶々と部屋にこもってリサーチをしていたが、久しぶりにシャバの空気を吸った気がした。「人生を変えるものなんてない、カエルの子はカエルさ、とんびが鷹なんて産まんし、お気楽にのほほんと楽しむだけでいいじゃないか」と、花見にはもってこいの気分だった。あれだけ瞑想をしたものの、行きついたのはその心境と思うと、瞑想で開眼された方には申し訳がない。さて、そんな気楽な気分で花見に行ったが、集まったのはたったの5人だった。そのうちの1人が、初めて会う人で、その方に「あなたは、何をされてるのですか?」と尋ねると「僕は、世界トップ1%の世界資産家の先生に学んでいるんです」といった。その時、「あれ?」という例の「違和感」が身体を走った。これが、世界資産家の先生との出会いになり、願った通り劇的に人生が変わるのだから、一寸先は、何が起こるか分からないものである。