地政学とは、地理的な位置関係が国際関係に与える影響を研究する学問で、さらには軍事的・宗教的・経済的な要素を含むので、
日本における社会学といったところか?
社会学が人間(もしくはその集団)を基準としているのに対して、地政学は地理(もしくは地域)を基準としているんだね。
たぶん解釈が間違っているので、指摘してください。
んで、日本における「地政学」的見地から見た歴史っていうのは
大きい意味で板東と畿内の覇権争いではないだろうか?
大きい命題にしちゃったもんだ。
問題提起しておきながら、納得させるほどの知識が無いぞ!俺。
というのも、
日本というアイデンティティを確立したのは、大和朝廷が九州から関東・北陸を統一した頃からだとおもうけど、
それから桓武天皇が蝦夷討伐をして、現在の日本の大部分を支配した、大和朝廷が日本の中心として
飛鳥平城平安時代を作ったのはいうまでもない。
ここら辺までは日本の確立期だから、中心地が大きく動く事は無いけど、
この後武士が勃興してからが、坂東(関東)と畿内の覇権争いになっていく。
日本武尊が占領した関東・九州の内、関東は荒ぶる神のいる地域。
武士が台頭するのも無理は無い。
んで、喧嘩の強い武士と教養のある貴族は最終的には相容れない。
だからお互い得意分野をいかして勢力を蓄える。
武士でもわりとハイソな人やハイソに憧れる人は畿内に勢力を置き
地味で喧嘩の強い人は坂東に勢力を置く。
ところが、地味な人が作っても250年も続けば人は集まるし、トップが地味でもまわりが勝手に文化を創る。
元禄は上方の方がまだ文化の担い手だったらしいけど、文化文政の時には江戸が文化流通の中心だった。
と高校の教科書には書いてある。
それで逆転現象が起こる。
江戸が日本の中心になってから400年もたつと、
ハイソな人は東京に生まれ、
喧嘩の強い人は大阪に生まれるようになる。
<例>
亀田三兄弟は大阪
景山民夫・高田文夫・テリー伊藤は東京
結局最後の2行が書きたかっただけ!
地政学は持ち出す必要は無かったね。



