台湾一周、2日目、実質今日から観光ですニコニコ

 

朝、6時起床、6時30分、朝食開始。

 

朝は、いつも食べないし、こんな早い時間に食べられませんあせる

 

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出発は、8時。

 

旅行中ずっと寒かったのですが、ホテル、観光バスともに暖房設備がありませんでした悲しい

 

家から着てきていた、昔購入したユニクロのウルトラライトダウンをバスの中でもずっと着ていました。

 

まずは、バスで桃園駅に行き、台湾の新幹線で台中へ移動します。

 

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日本が、新幹線の車両技術を輸出、現地導入した初めてのもので、もう20年近くなるので、ちょっといろいろ古くなっている感じがしますね。

 

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切符は、ごみの減量のため回収されないと現地係員の方は、言われますが、それならトイレットペーパーを流せるように下水の整備をしたほうが、よほどいいと思うのですが。

 

ホテルでさえ、トイレットペーパーは、流せません悲しい

 

 

40分で、台中駅に到着し、待っていたバスで、移動。

 

 

前回のブログで、現地係員の方が、残念だということを書きましたが、、、

最初の自己紹介からずっと自慢が続き、日本の衰退を非難し、台湾の発展を自慢し、災害の多い両国の支援金、寄付金の額を挙げながら台湾に比べて日本が少ない、バランスが悪いとずっと日本下げをされます。

この方は、C国の人かと思いましたショボーン

 

台湾の平均給与は、月30万円。ボーナスは、少ないところで2~3か月分、最高240か月分。

 

15年前に行ったときは、平均給与3万円と聞いていました。

 

すごいですね!

 

そしてみんな、休日には、国内か海外に旅行に行くと。

 

そこで話は終わらず、ガイドさん、必ず自分のことが入り、投資などで成功して、自分は、月に200万円以上の収入があり、もうお金はいらない。

 

九州にも仕事やプライベート両方で、200回以上、北海道にも100回以上行っていると。

 

自分の経済論を延々と話され、たまりかねて、一番後ろに座っていた私が、「すみません、ここはどこですか?」とバスの外のことを聞くと、台中市内に入ってきました、とやっと経済の話をやめてくれました。

 

他にもこの方は、私たちをお客さんだと思っているのだろうかと、あきれることがいろいろあったのですが、本当に疲れる方でしたよチーン

 

旅行後のアンケートがあり、いつも楽しく、添乗員さんや現地係員さんも良い方で、悪く書いたことはなかったのですが、さすがに次にこの方に当たった方たちが、かわいそうだと思い、あったことの事実を書きました悲しい

 

 

 

気を取り直して、で、宝覚寺に行きました。

 

日本統治時代に建てられた臨済宗のお寺ですね。

 

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大きな布袋さんで有名なところですね。

 

前に来たときは、金色でしたが、今は、白く塗られているのですね。

 

 

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老朽化が進んでいるので、保護のため本堂を囲うようにコンクリートの建物で覆ってあります。

 

 

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この左側のほうに、日本統治時代に亡くなられた日本人14,000人の共同墓地があります。

 

私の父も台湾で、終戦を迎えた少年兵だったので、もしその時亡くなっていたらここに眠っていたのかもしれません。

 

次にインスタ映えで有名になった、宮原眼科に行きます。

 

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日本の統治時代、日本人の眼科医・宮原武熊氏が開業した本物の病院でしたが、戦後、宮原医師が帰国し、政府が管理していたそう。

 

そして、数十年放置されていたのをパイナップルケーキで有名なお店がリニューアルして宮原眼科としてスイーツショップによみがえらせたそうです。

 

バスで通った台中駅も100年以上前に日本統治時代に日本が作った駅ですが、今も大切に残されているのは、台湾の日本への愛が感じられますよねニコニコ

 

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そして、お昼を食べに行きますが、

 

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格安ツアーなので、特筆することもなく、日本人の口に合わせた台湾料理がずっと続くのでした爆  笑

 

昼食後、彩虹眷村(さいこうけんそん)に移動。

 

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退役軍人さんと家族が住むための村に最後まで住んでいた、黃永阜さんという方が、2008年にこの地区が取り壊されて再開発されることになったので、遊び心で、一人で全くの素人ながら家の周りに書いたそうです。

 

その後、保護運動が始まり、一躍有名になり、保存されることに。

 

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去年、おじいさんは、100歳を超えて、亡くなりましたが、すぐ横にマンションが立ち並んでいて、騒音の苦情が出ているので、いつまでこの村が残されるのかは、不明だそうです。

 

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そして、台中を後にして、バスで、210km、約3時間かけて高雄へ移動するのでした。

 

つづく