$アラサー独身男の湘南ランニング日記

旅という言葉に惹かれ続けてきた。
特に一人旅というものに。

旅に出たことのなかった頃の僕は旅というこの単語に具体性を持たぬままに憧れていた。
旅は自分を高め、成長させ、友と出会わせ、生活を望む姿に変えていくと。

そんな単純でないという事に気が付いたのは何回か一人旅を経験した後だった。

一人旅をはじめた頃の僕は生活がうまく回っていなかった。
2時間かけて通勤し、仕事を14時間して、また2時間かけて帰る。
付き合いだした恋人ともすぐに別れた。
週末は家にこもってビールを飲みながら記憶に残らない映画を見て過ごした。

何ヶ月もそういう生活が続いた。

ある金曜日にいつもより少しだけ早く会社を出る事が出来た。
品川駅で乗り換えようとしたときに、ホームに人があふれかえっていた。

それで、ホームに続く階段を下りるのがほとほと嫌になった。

ふと、右を向いたら新幹線の改札が見えた。


京都

そうだ京都へ行こう。


あの有名なキャッチコピーが聞こえた。

気がついたら京都行きの新幹線に乗っていた。
スマホなんかないからガラケー(もちろんその頃はガラケーという言葉すらなかった)
でこちこちと開いている東横インを探した。
結局特に何のきっかけもなく京都のさらに先の奈良にまで、
乗り換えて行った。
奈良は中学の修学旅行以来だった。


奈良

ふたたびの奈良へ。だ。


それから二日間、とくに特別な事をするでもないまま奈良にいた。
寺を見て、鹿にせんべえをやり、コーヒーを飲んだ。

ただ、そのときに得たのは、行きたければどこにでも行ける。
という確信だった。明確にそう思った。

それから、僕は時間を作っていろんな、行った事のない場所に行くようになった。

会社もその間にやめた。

(噂ではその会社は僕がやめた後なくなった。
同僚の連絡先を、もうお互いに知らないので詳しいことは聞けない)

車の免許をとった。
別の会社の内定もとった。

そんなあるときに駅の近くの定食屋でビールを飲んでいたら外にHISがあるのが見えた。


僕は入っていって、1時間後、
ニューヨーク行きのプランを申し込んで料金を払っていた。



そして十日後に僕はニューヨークにいた。



初めての海外で、浮ついていた。少し怖くもあった。

シャワーが壊れたり、食べ物が何食べてもケチャップの味だったり、
チャイナタウンで迷子になって豪雨に降られたり、楽しかった。

最後の晩を迎える前の夕方、
あの世界一有名な公園、セントラルパークでボーーっとしていた。

それでふと気が付いた。
奈良の時と同じほど明確に気がついた。



行きたいとこなんてない。



どこかへ行く能力など、はじめからみんなに備わっていて、僕が新たに得たものじゃない。

僕はただ、「行くことが出来る」ことに気付いただけだった。

行きたいところは会いたい人のいるところだ。そうそのときに思った。

あれから3年経つ。

今僕は大事な人に会いにいく事を最も重要視している。
そして、僕はどこかへ行く能力を手に(足に?)入れはじめた。
ランナーは自分の走れるところまで自力で行くことが出来る。
その距離は伸びていく。

はじめて10キロ走れたとき、ずいぶん遠くまでこられるようになった、と嬉しかった。

それと、今でも一人旅には時々出かける。

一人旅での一番の楽しみは知らない人と出会う事、
その次が、知らないその土地を走る事だ。

いつかニューヨークに戻って走ってみたいと思っている。