アラサー独身男の湘南ランニング日記-葉脈
こんにちは!

リアルタイムではないんですが、印象的だった日のランを書きます。
4月27日土曜日
朝5:00に起きた。
4月も後半になるとこの時間もう外は明るい。

眠いなあ、と思うけどそこは気合いを出してガバリ起きる。
前日、残業をして、溜まっていた家事をして、
少し本を読んでいるうちに0:00をすぎてしまっていた。

朝日を見ながら走り出す。

走っているときはあまり何も考えない。
ただ景色を見て、空気を感じて、音楽を聴く。(この日はアシッドマンのライブアルバムだった)

息を切らせて走り続けているとそれらが違う迫り方をしてくる。
草木や日差しや風に意識が向いて一つ一つを認識する。
好きなメロディにテンションが上がったり歌詞が胸に響いたりもする。

一時間ほど走っていると次第に苦しさを感じなくなってくる。
足の疲れや痛み、一定の呼吸、それら自分が感じていることを客観しているような感覚。
さらに、ダムに沈んだ町の底を泳いでいるような、
体が1gになって浮遊しているような、そんな感じがしてくる。
(フルマラソンのときはこの後にさらに別の、もっと激ヤバな感覚になる)

浮遊しながら、音と町並みを感じて時間の感覚は薄れだす。

ゴールをするまで、ただ一切は過ぎていきます。
(太宰の人間失格の最後の一文は確かこんなだった)

気付くと家のそばだった。

意識に力込めてラストスパート。

ゴール。

家の前の駐車場で足を止めているとさらに汗が噴き出してくる。
僕の耳は少し変な形をしているし、左右でも形が全然違うのでイヤホンじゃなくて
ヘッドフォンをしている。それを外すととんでもなく涼しい。どの季節でも。

見たら駐車場の柵にツタが絡まっていて葉を茂らせていた。
その瑞々しい葉が朝日を受けて葉の中の様子が透けている。
それがやけに綺麗に思えた。

広がって分かれていく葉脈!
水含んだ緑!

「ああ、やっぱ草も生きてるわ」って思った。

ランニングしていてトラブルや悩みが解決したり最高のアイデアは浮かんだりは、
僕にはない。(経験不足なだけなのかもしれないけれど)

天啓が降ってくる訳でもない。

誰かに感謝されたりもしない。

一歩一歩、一回一回を積み上げていくだけだ。

ただそうしていると特に気にもしていなかったことに気付け、
日常の構成物が特別なものだと知ることができたりする。

朝日は毎日大気や雲の様子でまるで違う景色を見せる。
星空も同じで、時間が違うだけで正面の星座が違ってる。
季節は週ごと、日ごとに移ろい付随しているものの姿が変わる。
僕も変わる。

ランニングするってことは
遭遇する一つ一つの出来事やモノや思考の成り立ち
(しかもあえて気を向かなければなかなか気付けないもの)を知ることのできる
そういう作業なんだと、今は思ってる。

ランニングデータ
天気 晴
走行距離 18キロ
消費カロリー 996キロカロリー
音楽 アシッドマン セカンドライン アンド アコースティックライブ 
          アット渋谷公会堂20111013