2024年が始まって
まさか元日から
こんな悲惨な出来事が起こるとは
誰もが思てなかったと思います。

2日には航空機の事故。

私はなんとなく
もう一回、何かしらの
不幸な出来事が起こるのではないか?
と感じていたのですが

5日の日に
爺(私の父親)が永眠しました。

その覚書として
この記事を書いています。


1月1日

爺の大好物を作って
自宅まで届けたら
広い風呂に入りたいからと
爺は私の家まで自転車に乗って
お風呂に入りにきて、

1月2日

私の作った大好物の料理が
とても美味しかったから、
また作ってや!って、
お礼の電話をもらい、

1月3日

爺は彼女と新年デート。
食事に行って、
お酒も飲んで楽しく過ごしたらしい。

1月4日

私の妹と姪っ子が
爺の家に新年の挨拶に行き、
美人すぎる孫にハグまでしてもろて
爺はかなり上機嫌やったそう。

そして1月5日

斜め向かいに住んでる
爺の友達が

いつもは朝早くから
開いてるシャッターが
開いてないからと
私に電話をくれたので
様子を見に行くと

寝室で大の字で
倒れてるのか寝てるのか
わからない状態で

私が呼びかけたら
『えっ?こんな時間にどないしたん?』
って返事があり

良かった~!生きてた!って。

でも、起き上がれないと言うので
すぐに救急車を呼び病院に搬送し
色々検査した結果、

何かしらの菌が内臓に入って
それが原因で弱ってるんです。
まずは菌をなくす治療をしますので
3週間ほど入院してもらいますね!
っていうことやったんで

私も弟も妹も
妹と一緒に病院に来てくれた
甥っ子も、安心して病院を後にして

お腹減ったなぁ?
どうするー?
くらでも行くー?

みたいな話をしてて

くらの予約時間が近づいてきたから
家から出ようとしたときに
病院から電話が入り

爺の血圧が落ちてきてるから
すぐに病院に来てください!と言われ
慌てて病院に到着すると
30分くらいで永眠してしまい

びっくりレベルな散り際の見事さに
みんな『ドラマ見てるみたいやなぁ!』って
悲しむとか、そんな感情もまだなくて

あまりにも潔い爺の最期に
あっぱれ!って気持ちでいっぱいです。

すごい勢いで亡くなってしまったので
病院の医師から
病理解剖をしたい!と言われ

常々、人の役にたつのが
大好きやった父やったから

最後に自分の体で
病院に貢献できて
喜んでることでしょう。

遺体を引き取りに行ったとき
病院からのお礼状と
お礼金もいただいて

私たちは本当に爺のことを
誇りに思いました。

私たち兄弟は
健康意外は特別に何かしらの
取り柄があったわけでもなく

父を心配させたことは数々あれど
喜ばせてあげたことのほうが
少なかったんですが、

爺の孫たちは
美貌や才能に恵まれて
爺もかなり自慢ができたようで

最後には親孝行が出来たなぁ!って
私たちも安心して見送ることができました。






世界遺産の清水寺で踊った
孫のA王子を
とても自慢してくれてたようです。





美人すぎる孫の姪っ子から
会うたびに笑顔とハグをもらい
爺はいつもうれしそうでした。





爺が亡くなった1月5日は
奇しくも甥っ子の二十歳の誕生日で、

お祝いはしてもらえなかったけど
孫の成人までは元気でいてくれました。

これから日が経つにつれ
淋しさも出てくるとは思いますが

爺から受け継いだ健康な身体で
これからも楽しく生きていきます。



少し落ち着いたら
またバレエ記事も書き
みなさまのところにも
おじゃましますね。