天海　(65)

　品の良い清楚な茶室の奥に幽斎が座っていた。幽斎は庄兵衛を見るなり、愛好を崩した。

　「おお、来たか。実に懐かしい顔だ。”朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや。”だな。」と言って、居住まいを正した。

　「いえいえ、滅相もございません。大殿様にお目に掛れて恐悦至極にございます。」と庄兵衛は冷や汗をかきながら答えた。

　「今さら何を大袈裟なことを言っているのだ。庄兵衛、お前はあまり変わらないな。」というと自分の禿頭をポンと叩き、

　「オレはこのように剃髪したから、少々老けたろう。」と言って、哄笑したのだ。たしかに幽斎は少し老けて見えた。

　「大名家を続けるのも大変な時代でな。この細川の家もいつまで続くかと心労が絶えないのだ。」と幽斎は寂しそうに笑った。

　この頃、細川家は秀次切腹事件に関連して、関白との共謀を疑われていたのである。細川家は朝鮮出兵などに費用がかさみ、関白から黄金200枚の借金をしていたのであった。所領の丹後は決して豊かな国ではないのだ。

　取り調べで重要なのは、謀叛の証拠があるかないか、ではない。細川家という家が今の政権にとって必要かどうか、ということだ。困惑した幽斎は家康に口添えを頼んだ。この様な時に頼れるのは家康の他いない。

　庄兵衛は、内心「お前たちが揃っていて何故、光秀の謀叛を止められなかったのだ。」と、幽斎に叱られるものと思っていたのである。さすがに幽斎も13年も前の話を蒸し返すことはなかった。

　「与平次は当家で預かることにする。しかし、「明智」は名乗れないので「三宅」を名乗らせることにする。それで良いか。」と幽斎は言う。

　「はい、しかとお伝え申上げます。」と庄兵衛は答えたのである。

　「オレは隠居城にしている勝龍寺城にもよくいる。なぁ、庄兵衛、色々と思う所もあろうが、たまには顔を見せろ。」というのだ。

　「思うところだなどと、滅相もございません。細川様には陰に日向にお助けいただき、誠に有難き事と存じております。」と庄兵衛は本心から謝意を告げたのである。細川家には本当に、色々助けてもらっているのだ。

　「そういえば、弥平次は武蔵大納言様の世話になっているのか。」と唐突に幽斎が尋ねた。

　「いいえ、今は仏門に入り、川越の北院で僧侶として修業中でございます。」と庄兵衛は答えた。

　「そうか、あいつがなぁ。実に似合わんな。」と幽斎は苦笑いをしたのである。

　幽斎には、庄兵衛に言えないことがあった。いつからか珠子はキリスト教に改宗し、忠興との間に諍いが起きていたのだ。これについて何か聞いていないか、探りを入れたのだが、庄兵衛の反応は特になかった。どうやら改宗のことを庄兵衛は知らないようだ、と幽斎は思った。

　庄兵衛は最後に与平次に会った。しばらく見ないうちに、あどけなさが消え、気の強い引き締まった顔になっている。（だんだん弥平次の顔に似てきたな。）と庄兵衛は思った。

　「あまり母上に心配をかけるな。必要なことはきちんと話し合え。」と庄兵衛が言うと、

　「母上は頑固で私の話を聞いてくれません。」と与平次は言う。

　確かにこの母子は、どちらも頑固でよく似ている。息子はいずれ親元から旅立つものだ。どうやら倫子の期待には応えられそうもない。

　結局、与平次は細川家に仕官したのである。与平次の名は三宅藤兵衛重利となった。三宅藤兵衛とは祖父・長閑斎と同じ名である。

　残念ながら、倫子の母親としての予感は当たっていたようだ。結局、重利は戦場で命を落とすことになるのである。

宮津城