明智秀満　(79)

「当代記」

　『十一日、信長甲府を立、元巣に着給、此間山路の茂りを伐佛間々に、家康より、物主を被置、奥平九八郎信昌御迎に出けるに、信長殊外の御懇中々申も愚也、先年於長篠甲信随分之者依討果、此度早速相治之由曰、甚御快気也。十二日、駿州大宮へ着給、路次中富士山見物し玉ふ。於此所、家康へ吉光脇差、一文字刀、馬三疋被進、十三日江尻に着給、翌日駿河府中、今川の代々の舊跡心閑に有一見、藤枝田中城に御泊、さて、遠州掛川御泊、家康より天龍川舟橋かけ給。一日先立て上給、十七日三川国吉田に御泊、於何方も無御逗留夜を籠て出御也。十八日、岡崎、何の於御泊も惟任は老人也とて御座の軈而御近所に宿を被仰付。廿一日に至安土帰城し玉ふ。』

　近衛前久は近衛植家の長男として生まれた。その後、順調に官位を上げ、天文23年（1554年）には関白左大臣に就任した。永禄３年（1560年）には関白でありながら越後に赴き、長尾景虎（上杉謙信）の関東平定に手を貸すなど、およそ公家とは思えぬ行動をとっていた。

　永禄11年（1568年）信長が義昭を奉じて上洛を果たすと、義昭は義輝暗殺に関わったのではないかと前久を疑い、京都から追放する。前久は、流浪後、本願寺の顕如を頼ったため関白を解任されてしまう。

　その後、義昭が追放されると信長に接近し、前久は帰京を許された。

　信長とは鷹狩の趣味が共通していたことから親交が深まり、天正８年（1580年）には本願寺との調停をまとめ上げ、その手腕を高く評価された。

　一説によると信長から「天下平定の暁には近衞家に一国を献上する。」との約束を得たともいう。

　天正10年（1582年）には太政大臣となっていて、甲州征伐にも深く関わっていたと思われる。甲州征伐は「朝敵を討つ」という建前であるため、前久もそれを見届けるため、信長と同行していたのである。

　信長一行が富士山見物のため駿河に行くというので、前久は「ぜひ同行したい。」と申し出た。すると信長は「お前は来た道を帰れ。」と恐ろしい顔で拒絶したのである。仮にも朝廷を代表して同行しているのに、このあまりに失礼な対応に前久は大いに怒ったのであった。

　しかし、冷静になって考えると何やら奇妙である。思えば浮かれて騒いでいるのは諸将ばかりで、信長は楽しそうではなかったのだ。そして、信長は、何故か光秀、忠興、順慶の3人を常に側に置いていた。彼らはいずれも畿内軍である。

　「これは何かある。」と勘のいい前久は考える。

　「くわばら、くわばら、触らぬ神に祟りなしだ。」と前久は信濃路を通って帰ることにした。

　信長は奉行衆に「十兵衛は高齢なので、常に御座所（信長宿）の近くに宿を取らせるように。」と命じた。光秀は確かに同行者の中では比較的高齢ではあったが、未だかつて、このような特別な処遇をしたことがなかった。そこで奉行衆は驚き、各方面に「上様からの申次事項」として伝えたのである。

　　近衛前久書状

明智秀満 (79)

明智秀満　(79)