明智秀満　(78)

「信長公記」

　『信州川中島表、森勝蔵働きの事

　四月五日、森勝蔵、川中島、海津に在城致し、稲葉彦六、飯山に張陣侯処、一揆蜂起せしめ、飯山を取り巻くの由注進侯。即ち、稲葉勘右衛門、稲葉刑部、稲葉彦一、国枝、是等を御加勢として飯山へさし遣わされ、三位中将信忠卿より、団平八、是又差し越さる。然るに、御敵山中へ引籠り、大蔵の古城拵え、いも川と云う者一揆致し、大将立て籠る。

　四月七日、御敵長沼ロヘ八千ばかりにて相働き侯。即ち、森勝蔵駆けつけ、見合せ、噇と斬り懸かり、七、八里の間、追討ちに、千弐百余討ち捕り、大蔵の古城にて女童千余切り捨つる。

以上、頸数弐千四百五十余あり。此の式に侯間、飯山取り詰め侯人数、勿論、引き払い、飯山請け取り、森勝蔵、人数入れおき、稲葉彦六、御本陣諏訪へ帰陣。稲葉勘右衛門、稲葉刑部、稲葉彦一、国枝、江州安土へ帰陣仕り、右の趣、言上なり。森勝蔵山中へ日々相働き、所々の人質取り固め、百姓ども還住申しつけられ、粉骨、是非なき様体なり。』

　森長可は元亀元年（1570年）９月の宇佐山城の戦いで戦死した猛将・森可成の子である。信長は残された可成の一族を大切に扱った。

　長兄の森可隆は元亀元年４月の越前朝倉攻めの手筒山の戦いにおいて弱冠19歳で父に先立ち討死している。

　このため次兄の長可は僅か13歳で家督を継いだ。元亀4年（1573年）には信忠の部隊として第二次伊勢長島攻めに参加して初陣を飾っている。

　弟には有名な森乱こと成利がいる。他にも信長の小姓を務めた長隆（坊丸）、長氏や森家を継いで初代津山藩主となった忠政がいる。

　甲州征伐では団忠正と共に信忠先行軍の先鋒を務め、大きな戦果を収めた。その働きを信長は大いに褒め称え、信濃国川中島4郡（20万石）を与えた。領主として海津城に入った長可であったが、領内はまだ不穏であった。

　越後の上杉景勝は反織田勢力の芋川親正を扇動し、親正は旧武田家臣ら8千人を率いて大倉城を占拠した。勢いに乗る親正ら一揆勢は、稲葉貞通が守っていた飯島城を包囲した。貞通は直ちに信忠に救援を求めたのである。

　海津城の長可はすぐに飯島城に駆け付け1100人余りを討取った。さらに大倉城に攻め込んで、女・子供一千人余りを切り捨てたのである。この戦いで長可が挙げた頸は2450余りもあった。

　戦後、信濃国衆は表向き臣従の姿勢を見せていた。しかし領内の統治が容易ではないと考えた長可は、国衆の妻子を人質として海津城に住まわせることにした。また、領内へ禁制を定める一方で、国衆に所領安堵を認めるなど領内の統治に努めたのである。

　甲府にいる信長本軍は戦勝記念の富士山見物に子供の様に浮かれていた。ほとんどの者が富士山を見るのは初めてなのだ。

　宴席に光秀がいないことに気づいた秀満が宿舎に戻ると、光秀は山に向かい手を合わせている。恵林寺は甲府から見て、東の山向こうにあるのだ。

　秀満は声をかけるべきか、迷っていると、ふいに光秀が振り返った。

　「左馬助か、よく聞け。これから我らは徳川様の領地を通る。良いか、努々、油断するな。他の者どもは何も知らぬが、我ら明智家は常在戦場だ。何があっても対応できるよう身構えておけ。」というと光秀は立ち上がり、

　「手の者を放ち、出来るだけ詳細な地図を作れ。各城下、町ごとに手先を忍び込ませ、些細なことまで調べ上げるのだ。」と言った。

　月光を浴びた光秀の顔は阿修羅の様であった。

明智秀満 (78)

明智秀満　(78)