明智秀満　㊿

　信長一行は伊賀に入るとすぐ一宮に立ち寄り、国見山に登って柏原城の陣容を見た。大きな城ではないが、防御はしっかりとしている様だ。正直な話、伊賀国ごときで大切な兵を損失したくない。

　「五郎左の策で参る。3カ月を待たず落ちるであろう。」と言った。その瞬間、無念そうに信雄が俯いた。

　山を下りると御座所が設けられ、過剰なほどの接待が待っていたのである。信長は諸将の配慮に感謝しつつも、正直辟易していた。

　「安土に戻ろう。」

　伊賀の国ではあらゆるものが焼け落ち、あちらこちらに腐敗した遺体が転がっていた。何とも言えぬ死臭が漂っている。地獄絵図とはこのことか、と信長は思った。

　「十兵衛を連れて来なくてよかった。」と唐突に信澄に言う。

　光秀の娘婿の信澄は「はっ。」と答えたが、何故ここで義父の名が出たのか皆目わからなかった。

　柏原城で百地丹波は方々に書状を書いた。城内には逃げて来た女子供も多数いる。城の食糧もつきかけているのだ。もうすぐ伊賀の人々は皆、飢えて死に絶える。その前に打てるべき手は打っておこう。

　伊賀には上忍として三つの家があった。百地家、藤林家と服部家である。服部家は先代の折、故あって伊賀を出た。今は三河の家康の下で息子が足軽大将を務めていると聞く。丹波は、まだ会ったこともないその男に伊賀の惨状を訴え、救援を求めたのである。名前は分かる。あの家は代々、服部半蔵を名乗っているはずである。

　半蔵のもとに丹波から書状が届いた。

　「だからと言ってオレに何ができるのか。」と半蔵は思う。しかし、このまま放置も出来ぬので、家康に手紙の内容を報告したのであった。

　今度は安土の信長のもとに家康から書状が届いた。柏原城の丹波と申す者が救援を求めているという内容である。実は、信長は安土に戻ってから気にかかることがあった。胸騒ぎがするのである。

　「京都から十兵衛を呼べ。」と命じた。

　光秀が登城すると信長はこれまでの経緯を話し、「どうにも胸騒ぎがする。」と告げた。光秀は改めて柏原城の包囲の仕方を尋ねた。

　「それは危のうございます。八上城も三木城、鳥取城も十数の砦で囲み、鹿垣で周囲を囲み、全ての道を塞いでおります。城兵は死兵ゆえ、隙があれば命がけで突破するでしょう。お味方に大きな被害が出れば近衛中将様もご無事では済みません。」と言った。

　信長は伊勢長島の掃討戦で多くの親族を失ったことを思い出した。「これが胸騒ぎの原因であったか。」と気づいたのである。

　丹波からの書状を受け取った大倉五郎次という猿楽師が仲介を申し出ると、信長はあっさりとこれを受け入れた。

　丹波は城兵の人命を助けることを条件に和睦を行い、城を開けた。実は食料が尽きる前に決死隊を組織して、せめて信雄を殺害しようと計画していたのだ。城兵たちは全員伊賀から追放された。しかし彼らには国外では生きる術がなく、乞食や娼婦、盗賊に身をやつした。一説にはあの石川五右衛門もその一人といわれる。

　織田領から逃れ、三河の半蔵のもとに身を寄せたものもいた。彼らは半蔵の鉄砲足軽となり、後に伊賀越で家康を援け、半蔵麾下の伊賀組と呼ばれることになる。

服部半蔵

明智秀満 ㊿

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