三宅弥平次　⑱

「信長公記」

　『永禄十二年己巳廿七日、辰の、一点、御鋤初めこれあり。方に石垣両面に高く築き上げ、御大工奉行村井民部、島田所之助に仰せ付けらる。洛中洛外の鍛冶・番匠・杣を召し寄せ、隣国隣郷より木材をよせ、夫々に奉行を付け置き、油断なく候の間、程なく出来し訖んぬ。』

　信長は思い立てば、行動が早い。かつて将軍・義輝が築いた二条城に大規模改修を行い、二条御所を築くこととした。名前は御所であるが、実態は堀をめぐらせた広大な平城である。

　信長は公方を守り抜いた六条合戦の諸士を褒め称え、論功行賞を行った。光秀については鉄砲隊の働きを「見事であった。」として、安八郡にある闕所の4200貫の知行を許した。

　「結局、4200貫ですか。上様は始めから、この闕所を知行させるつもりであったのでしょう。」と弥平次が含み笑いでいう。

　「500貫で召し抱えられ、手柄を立てての4200貫だ。この手柄が大切なのだ。これからの織田家中での重みが違う。」と長閑斎は言う。

　「それより、殿はどうやら京都の治安を担当することになりそうだ。500人は集めなければお役目が果たせまい。加増のお礼も兼ねて岐阜と東美濃の縁者にもご挨拶に行くそうだ。私は留守居を任されたので、お前が殿と同行せよ。」と言った。

　光秀は弥平次と甥の明智光忠を伴い、岐阜に出向き加増のお礼を言うと、その足で妻木城の妻木広忠を訪ねた。妻木は正室・煕子の実家である。穏やかそうな広忠は光秀が美濃に帰参したことを心から喜んでいて、「今度は京に上って孫に会いに行く。」と言った。

　その後、一行は明知城に立ち寄った。遠山景行は相変わらず実直で、甥の光秀に対しても慇懃な態度を崩さない。ただ、さすがに実子の弥平次の成長は嬉しかったようで、立派になった姿に目を潤ませていた。

「嫁はまだ取らんのか。」と景行が問うと、

「はい、まだです。」と弥平次。

「実は私には、孫ができた。」と言った。

　養嗣子・景玄に長男が生まれたことを弥平次に伝えたのである。

　光秀は景行に信長からの託を伝える。

「上様から、叔父上には遠山一族をまとめ、東美濃から武田勢を追い払っていただきたいとのことです。妻木の父には土岐一族をまとめるよう、ご指示がありました。」

　景行は「あい、分かった。」と告げた。

　光秀はこの明知城で育った。父が早くに死んだので、育ててくれた叔父の景行や長閑斎は父親同然である。この度同行した光忠の父・光久もその時、亡くなっている。光秀、弥平次、光忠は、この城で兄弟のように育ったのである。実家に戻った安心感に光秀一行は、弥平次の実母や景玄の家族らと楽しいひと時を過ごした。

　この城こそ、光秀の故郷である。思えば、名門「土岐明智家」は一度、滅亡したのだ。そして光秀は叔父たちに「明智家再興」こそが、最大の責務であることをしっかり植え付けられたのである。

　帰路、弥平次は光秀に心配そうに尋ねた。

「父は、遠山一族をまとめられるのでしょうか。」

「簡単ではない。特に岩村は武田と近しい。遠山の本家であり、石高も５万石もある。7千石の分家である叔父上にはご苦労を掛けることになるであろう。しかし、叔父上なら、きっと成し遂げるであろうよ。」と光秀は言った。

明智城址

三宅弥平次 ⑱

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